2005年08月27日

墨流の重要性の再確認

非戦について前回の記事を書いてから、ずいぶん時間が開いてしまいました。

(間があいてしまった言い訳ではありませんが)この間、中小企業診断士資格取得の最後の関門である実務補習を受講しました。
この実務補習というのは、中小企業診断士の試験合格後、約15日間かけて2つの企業を実際に診断し提言を行うという制度です。

私は、二回に分割して受講して、今回受講したのが第二回目の実務補習でしたので、ついに資格獲得にたどり着くことができました。先週、中小企業庁からクレジットカードみたいなプラスチックの認定証が送られてきました。

さて、今回の実務補習は、ほんとに小さな製造メーカでさせて頂きました。

そこで見聞したのは、中小企業がおかれた非常に厳しい現実でした。

下請けとして、売上げの減少、元請からの値下げ要求、過大な借り入れ・・・
全てに余裕がない経営状況のなかで、明るく振舞う二代目社長・・・

後々まで面倒を見れるわけでもない実習生としては、個別コンタクトや感情移入はご法度ですが、実習の範囲内で何とかよい知恵を出して元気づけてあげたいと、プレゼンにも思わず力がはいってしまいました。

そこで感じたのは、やはり大部分の(特に既存の)中小企業の経営には「孫子の兵法」は適用できないということです。

墨子のような地道に守っていくことを重視する考え方、あるいは石田梅岩の「石門心学」のような倹約と正直に立脚した考え方が必要だとの思いを改めて強くしました。

ということで、気分を新たに墨流について書き続けて参ります。
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2005年06月05日

墨流とは(7) 非戦−A

前回、墨子の説く非戦の考えの本質は、相手を根こそぎ簒奪してしまう侵略を許さないこと、つまり「非侵略」にあると述べました。

そして、中小企業の経営においては、非戦を重視すべきこと。即ち食うか食われるかの侵略戦争はすべきではないと述べました。

ところで、資本主義市場経済のもとでは、企業は常に競争にさらされています。さらに言えば、競争を通して市場に対してよりよい商品やサービスを提供することが期待されています。

競争に勝った企業は、顧客を獲得し市場シェアを拡大していきます。一方負けた企業は、顧客を失い、ついには市場からの退場を余儀なくされる場合も稀ではありません。

このような厳しい市場で生き残っていくためには、「非戦」など奇麗ごとに過ぎないのでしょうか?

そうではありません。

墨子においては、各国はそれぞれ豊かになるために一生懸命に努力し、工夫することが奨励されます。
いわば、富を簒奪するのではなく、富を創造し繁栄を呼び込む努力をすべきとされています。

これを経営に引き当ててみれば、企業は創意工夫をこらし差別化を図り、(他社の顧客を奪うのではなく)自社の顧客を守り・育て・創造するべきであるという主張だと解釈できます。

例えば、出店地域、対象顧客セグメント、製品構成、ビジネスモデル、得意技術などで競争相手と差別化をする。
その差別化要素をコアコンピタンスとして他社が容易にまねのできないレベルにまで研ぎ澄ます。
その結果として、顧客との強固な関係を築いたり地域において強い支持を得て、容易には新規の競争者との競争には負けない強い事業に育て上げる。

こういうことを目標にすることが「非戦」の経営戦略的な意味合いなのです。

もちろん、消費者や企業が購入する製品・資材には限度がありますから、顧客を創造していくといっても結局は他社への需要を喰ってしまうことになります。

しかしそれはそれで健全な市場経済のありかたなのです。

最初から戦略目標として、同じ業種の競合他社と同じようなやり方で体力消耗戦的な価格競争や宣伝競争を繰り広げてシェアを奪い、競争相手を市場から追い落とすというやり方すなわち「侵略」と「非戦」では、結果として得られる成果が全く異なるのです。

低価格競争で奪い合ったお客は、相手が蹴落とされた後も決して価格アップを受け入れようとはしないでしょう。そこを無理やり値上げしようとすると、すかさず低価格を売り物にした新たな挑戦者が新規参入してくる隙を作ってしまいます。

いわば、市場が荒れてしまったのです。

大企業で例をあげましょう。
最近言われるのが、自動車の好調、電機の苦難です。
この両産業は、一時期日本の輸出を支える両雄とも言われましたが、昨今はその業績にずいぶんと開きが生じてきました。

日本の自動車産業は、世界の市場で「日本車は低燃費、高信頼性」という評価を確立し、多くのファンを得て今や日本の製造業を代表する産業に成長しました。
この評価を確立していく過程で、相手国の自動車産業を破壊するような低価格攻勢などはとらず、米国車、欧州車との差別化に注力してきたことが、現在の地位につながっています。
いわば「非戦」を実践して現在の強さと良好な市場を手に入れたわけです。

一方の電機産業とくにエレクトロニクスでは、ソニーやパナソニックという強いブランドはあるものの、利益体質は不安定で、最近では韓国、台湾、中国などのメーカに足元を脅かされ始めています。特に、韓国のサムスンとの競争では後塵を拝することも多くなっています。

電機産業は、一時期総合志向で、各社がDRAMに代表される半導体から家電、コンピュータまで似たような製品群をもち、他社が製品化すればすかさずその対抗製品を開発し、世界市場で激烈な価格競争を繰り広げてきました。
その結果、欧米でいくつもの電機メーカが姿を消していきました。
今、韓国、台湾、中国の電機メーカがかつての日本のメーカのようなバイタリティで価格攻勢をかけてきています。
安売りを売り物にする家電量販店は、メーカの疲弊を尻目に、トップのヤマダ電機が年商一兆円を突破するまでにいたりました。

日本のメーカは市場を作ったともいえますが、荒らしてしまったともいえるのです。


このように、差別化をめざし、コアコンピタンスを磨いた競争の結果生じた優勝劣敗では、勝者は市場からの強い支持を勝ち取ることができるのです。

反対に市場を荒らしてしまっては、限られた事業領域で生きる中小企業は生きてはいけません。
「非戦」を目指すことの重要性はここにあるのです。








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2005年05月29日

墨流とは(6) 非戦−@

墨流の提唱する命題の2つめは、「非戦」です。

墨子は他国への侵略戦争を大変嫌いました。
逆に、他国からの侵略に対しては断固として立ち向かうことを主張しました。

このことの意義を理解するために、墨子の活躍した当時の状況を思い起こしてみましょう。

古代の中国では、国家とは「城砦都市」とその都市を拠点とする王が支配する地域から成り立っていました。

そこでの国家間の侵略とは他国の支配地域を簒奪することですが、「城砦都市」そのものを滅ぼさない限りは、簒奪した地域を完全に支配することはできません。
従って、「中原に雌雄を決する」という形で最終的な勝敗を決するというよりも、最後は城攻めにより一方が他方を壊滅して国同士の戦いは決着することが多かったのです。

つまり、侵略の究極的な形は、相手の城砦を攻め滅ぼしてしまうことだったのです。

そして、時代背景には、小さな国同士が食うか食われるかの争いを続けながら、徐々にいくつかの大国に集約されていき、やがては秦の始皇帝による大統一へ向かってるという激流が流れていました。

従って墨子がいう「非戦」とは無抵抗主義や平和主義という意味ではなく、自らは自国の拡張欲の為に他国を侵略するような侵略戦争は行わないし、他国が侵略を仕掛けてくれば断固としてこれを排撃するという強い意志をあらわす言葉だったのです。

墨子がこのような「非戦」を唱えて民衆の支持を得たのは、兵役や戦費の負担もさることながら、最後の城攻めになると住民も巻き込まれて略奪、虐殺の被害が甚大であるからということもあったでしょう。

一方、この侵略の仕上げである城攻めは、攻めるほうにとっても手間隙がかかり損失も大きいことから、庶民の視点が欠如している孫子の兵法でも「怒りに任せて、白兵戦を仕掛けてはいけない」などとして深入りを避け、もっぱら城外での会戦における戦い方に力点をおいて解説しています。

孫子の兵法はもっぱら「どうやって侵略戦争で勝つか」を追求したものですから、手間隙がかかり犠牲も大きい城攻めを避けるように指南したのも当然かもしれません。

一方、墨子はそのような弱肉強食のあり方そのものに対して異議を唱えて「侵略戦争はしないし許さない」ことを主張しています。

このような考えは、時代に逆らったものだったのかもしれませんが、私としては経営理念として強く共感するところがあります。

墨流研究所では中小企業の経営は「孫子の兵法ではなく墨子の理念で経営にあたるべし」と主張するのは、一国に一つの城砦しか構えていない中小企業が弱肉強食で相互に侵略しあうような経営はステークスホルダーの利益につながらないと考えるからです。

次回は「非戦 侵略しない経営」についてもう少し掘り下げて述べたいと思います。
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2005年05月16日

墨流とは(5) 兼愛−B

従業員と顧客を取り上げて、墨流の「兼愛」の重要性を見てきました。

しかし、「兼愛」の命題が当てはまるのは従業員や顧客だけではありません。

最近、企業を取り巻く様々な利害関係者をさして「ステークス・ホルダー」という言葉が使われます。
別に利害関係者と日本語で言ってもよさそうですが、利害関係者というと「取引を通しての関係」というニュアンスが強く感じられます。
一方、ステークス・ホルダーとは、単に取引関係上の利害だけに限らず、例えば資本を出した株主、運転資金を貸した銀行など資本・資金にからんだ関係者、自社の隣地に住んでいる住人や地元の自治体といった地理的・物理的な関係者なども含めてずっと広範な人や企業が含まれてきます。

このようなステークス・ホルダーと称されるような企業を取り巻く様々な利害関係者がクローズアップされてきたのは、これまで積み重ねられてきた産業の歴史の教訓によっています。

産業の歴史は、労働争議、公害問題、オイルショック、バブル経済の崩壊など様々な問題に直面し、それを乗り越えるなかで、企業が企業を取り巻くさまざまなステークス・ホルダーとのあるべき関係をひとつひとつ築き上げてきた歴史でした。

現代の経営においては、これらの歴史の教訓を踏まえて、様々な広義の利害関係者であるステークス・ホルダーに対して適切な対応をとることがとても厳しく求められています。

適切・的確な対応をし損なうと、企業の存続さえ危うくなってしまいます。

この様々なステークス・ホルダーに対して的確な対応をするためにも「兼愛」が大切なのです。

地球環境問題を例にとってみましょう。ステークス・ホルダーは人類全体にまで広がるあいまいな存在です。

温暖化防止のためののCO2削減や代替フロンの使用など地球環境対策にはコストが掛かります。最低限の公害対策でさえコストアップ要因なのに、環境ISOにでも取り組んだりすれば、さらに面倒を背負い込むことになりかねません。

そこで歯を食いしばって地球環境問題に取り組むためには、目の前の儲けだけに心を奪われるのではなく、ステークス・ホルダーである「生きとし生けるもの」への真摯な思い、すなわち「兼愛」を持つことが必要になってくるのです。

基本は対象に対して謙虚に「兼愛」をもって取り組むことなのです。
そうでなければ、心から必要性を理解して実のある活動を行うことにつながらないのです。

その他のステークス・ホルダーへの対応も同様です。
テクニックで相手をコントロールしようとして、たとえ一時的には成功しても、永続的にそれを続けることはできません。

個々の企業の経営の視点、特に短期的な経営の視点からみると、これらのステークス・ホルダーへの対応は、面倒でありコストアップにつながる厄介なものであったりします。

そこを乗り越えるために、「兼愛」をもって虚心坦懐、心を開いて偏見をもたず、思い込みを排して物事をみることが重要です。

そうすることで、自ずと企業存続の条件である「天下の利」へ通じる道が見えてくるのです。

「天下の利」は平等からうまれ、「天下の損」は差別から生じる と言われるゆえんなのです。

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2005年05月09日

墨流とは(4) 兼愛−A

前回に引き続き「兼愛」について述べます。

前回は、社員・従業員に対する「兼愛」でした。今回は顧客に対する「兼愛」です。

顧客に対する兼愛とはどういうものでしょうか?  小売店の例を考えて見ましょう。

今、小売店は戦国時代にあり、「お客様は神様です」とばかり、顧客ニーズにあった品揃えや価格戦略をどうするか日々厳しい競争を繰り広げています。

最近では、顧客ニーズを捕まえるためにCRM(カスタマー リレーションシップ マネジメント)といわれる顧客管理が重要であると言われています。

CRMにおいては、顧客とお店の関係を商品の販売の一回限りのポイントでとらえるのではなく、マーケティング活動(宣伝・広告、販促活動など)とそれへの顧客の反応(来店、購入、要望など)、何度かの継続的・反復的な販売(取引)の集積により、商店と顧客の双方にとって相手の顔が見える関係を築いてゆくことを重視します。

モータリゼーション以前の毎日同じ店で同じ顧客が買い物をしていた時代には、小さなコミュニティーにおいて近所づきあいの延長線上に商店と顧客の関係がありました。

自分の子供のころを思いだしても、同級生は、うどん屋、文房具屋、漬物屋、雑貨屋、床屋、風呂屋・・とお店の子供が大勢いました。

しかし、現在のようにモータリゼーションで商圏が拡大し、スーパーマーケットに代表されるように買うほうも売るほうも匿名性が高くなった時代においては、人間関係に依存して「相手の顔が見える」ような関係を作ることはとても困難になりました。

それをカバーするために、レジで顧客の属性(男女、年代など)を値踏みしてデータを打ちこんでおいて、購入した商品の組み合わせとの相関を調査したり、近隣の行事や気温・天気と売れ筋商品との関係を分析するなどして、マスとしてではありますが顧客を見えるようにする努力が行われています。 

そこでは、POSデータを蓄積し、データ・マイニングによって分析し・・・といったIT技術の活用が不可欠の要素となっています。

また、ハウスカードを発行してさらに個々の顧客の購買行動をより直接的、具体的につかもうとする努力もなされています。
その上で、FRM分析により顧客の購買の頻度、最近の購買時期、購買金額などから顧客を層別し、「優良」顧客にターゲットを合わせた販売施策を検討していくことが提唱されています。

ところが、ここで疑問が湧いてきます。

全国レベルに展開するチェーン店やハウスカードを発行できるような大規模なデパート、GSM、ホームセンターなど以外の普通の商店においては、IT技術を駆使した顧客の層別管理や囲い込みなどはとても現実的に活用できる手法とは思えません。

結局は、お店に来てくれた顧客一人ひとりのニーズに耳を傾けて誠意をもって対応して、その積み重ねでお店を自己変革し、顧客にファンになってもらうことで勝負していくことにならざるを得ないのです。

その際に、一人ひとり異なる存在である顧客を分け隔てすることなく、子供だから年寄りだからとか、男だから女だからといった色眼鏡をかけずに、顧客の心、顧客の気持ちになって、自分のお店が提供する商品・サービスを見つめてみることが重要です。

このことが、顧客に対する「兼愛」なのです。

ところで、このような対応がとても難しい時代になってきました。

万引きが経営に影響を与えるほど横行しています。
クレーマと言われる理不尽な要求をしてくる顧客も増加していると言われています。

そのような時代に、顧客に対する兼愛(=博愛、平等)を貫くためには、真の顧客とそうでない顧客の振りをしたものを見分ける眼力も必要になってきます。

つくづく難しい時代になってきました。



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2005年05月07日

墨流とは(3) 兼愛−@

6つの命題について述べていくにあたって、最初にお断りしておかねばならないのは、この「6つの命題」なるものは筆者が独自に墨子のエピソードから選択したものだということです。
墨子の解説書をひも解いてもてもおそらく「6つの命題」などは出ていませんのでご了承ください。

さて、まず第一の命題は兼愛です。
兼愛とは、現代の言葉で言えば「博愛、平等」といった概念にあたります。

2千数百年前にこんな概念を持ち出したことに驚きます。

墨子の兼愛(博愛主義)の主張のポイントは、《「天下の利」は平等からうまれ、「天下の損」は差別から生じる》というものです。

企業経営に関して、「平等と差別」という言葉からまず思い浮かべるのは、従業員の処遇だと思います。そのほかにも、顧客への対応や広くステークホルダーへの対応といった問題でも、平等と差別という観点から考えてみることができます。

順にみていきましょう。まず、従業員です。

従業員の処遇に関して言えば、最近はやりの成果主義がまず思い浮かびます。
成果主義とは「チャンスの平等、評価尺度の平等を前提にした結果としての処遇の不平等」を強調する処遇制度です。

ややもすると、結果としての処遇に差をつけることに意識が向きがちですが、前提としてのチャンスの平等や評価尺度の平等がなければ、単に結果としての不平等(低評価)を押し付けられた従業員の不満が高まり、組織全体としての生産性に悪影響を及ぼすことが指摘されています。
(cf 「虚妄の成果主義」(日経BP 高橋伸夫)

ところが現実の経営を考えたとき、チャンスの平等や評価尺度の平等をかなりのレベルで確保できるのような職場は実はとても限られてるのではないでしょうか。例外的なケースとして都市銀行や生命保険会社の支店や大手スーパーマーケット(GMS)の店舗などでは、数多くの支店や店舗があり、そこでは同じような職務を全国の各地で展開してます。このようなケースでは、職員をいくつかの支店・店舗にローテーションすることでチャンスを平準化したうえで、同一の評価尺度でもって成果を評価することも可能だと考えられます。

従って、成果主義で結果の不平等が発生しても、従業員は納得せざるを得ないと思われます。

しかし中小規模の企業においては、それぞれの職務は社内において唯一ユニークのものであって、単純に同一のテーブルに載せて比較するわけにはいかないことが一般的ではないでしょうか。
例えば、数十人の規模の会社で営業担当者と総務担当者の成果を比較するなどというのは、どんなに尺度を工夫してもどだい無理があります。

どちらの職能も会社の経営に不可欠ですし、それぞれの職務を「会社の売上げや利益への貢献度という観点で金銭で評価する」といったこともできるとは思えません。

したがって、「各人の年間目標を立てて達成度で業績を評価する」などの形で成果主義を言い出したとたんに、そこには差別が生じ「天下の不利」が生じるのです。

もし、経営が苦しくて賃金テーブルを引き下げたいのならば、流行だからということで「成果主義」を標ぼうして表面を飾るのではなく、真正面から苦しい経営実態に応じて平等に負担を求めていくいく姿勢こそが「天下の利」を生じる王道なのです。

次回は、顧客に対する兼愛を考えてみたいと思います。
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2005年05月06日

墨流とは(2) 6つの命題

墨子が活躍したのは、紀元前4世紀ごろといわれています。

とんでもない昔であるうえに、墨子の考え方やその実践主義が専制君主にとっては危険な思想であるとして、秦の始皇帝が統一帝国を打ち立てたるとともに徹底的に弾圧排斥されたことから、資料も断片的にしか残っていません。

そのような断片的な資料で語られているのは、思想体系というより、説話の形をとったいくつかの命題といった方が適切です。

主なものをあげると以下のような命題です。

  ●兼愛・・・博愛、平等主義
    「天下の利」は平等からうまれ、「天下の損」は差別から生じる
  ●非戦・・・専守防衛
     他国への侵略を行わず、他国からの侵略には断固抵抗する
  ●尚賢・・・人材の登用
     身分にこだわらず、優れた人材は評価し登用する
  ●節葬・・・虚礼の廃止
     儒家が主張した葬祭を中心とした極端な儀礼に反対
  ●非楽・・・享楽の節制
     君主、施政者が音楽にふけり、政務を省みないことを批難
  ●非命・・・宿命論を排す
     運命論、宿命論にとらわれることなく、努力で道を拓く

何だ、こんなことかと思われたかもしれません。

また、アンチテーゼ的な言い回しが多いために、何となく評論家的なイメージさえ持たれるかもしれません。

ところが墨子の一門のすごいところは、これらの命題を愚直なまでに率先垂範し実践するところにあります。

企業の運営においても、こうするべきだと判っていてもなかなか実行できないことが少なからずあると思います。
「長いものには巻かれろ」「知に働けば角がたつ」「和を以って尊しとなす」などと自らに言い訳をして、改善に取り組めないことが多いのではないでしょうか?

「率先垂範による実践」・・・この一点が墨子の最大の強みなのです。

次回からは前述の6つの命題について少し詳しくみていきます。


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2005年05月05日

墨流とは(1) 孫子の限界

(1)孫子の限界

中国の古典で、経営戦略に引用されるのはなんと言っても「孫子の兵法」でしょう。
私のホームページでも<「孫子の兵法」のパロディー的経営戦略>なるエンターテインメントのページを作ってみました。
ところが、このページを作りながら感じたのは「孫子の兵法というのは攻撃が主体の戦術論だな」ということでした。

いわく、戦いの計画はこのよう立てよ、指揮官はこのような人材を用いろ、火責めはこうしろ・・・といった戦術論が生き生きした筆致で描かれています。

戦国時代においては、「侵略は悪である」というモラルはありませんから、このような攻撃的な戦術論がもてはやされたのも理解できます。

そのような戦術論は、食うか食われるかという(概念的な)資本主義市場経済において攻撃的事業展開をする企業にもよく当てはまるであろうと思われます。

ところが、現実的の社会を眺めてみると、必ずしも互角に近い力をもった企業同士が食うか食われるかの戦いをしているというような(概念的な)資本主義市場経済とは違った様相が多く見られます。

現実の社会は、たとえば小さな企業群が相互に微妙な住み分けをしながら共存と競争を行っていたり、全く勝負にならない巨大資本の進出と零細企業の戦いが行われたりといった様々な様相を呈しています。

そのような状況においては、孫子の兵法のごく一部のフレーズはうまく当てはまっても、全体的な思想としてはあまりに荒唐無稽な机上の空論にすぎないものに映ります。

巨大なショッピングセンターの進出におびえる零細商店に向かって、孫子流に「敵を知り己を知れば百戦して危うからず」と諭してみても仕方がありません。

そんな思いを感じつつ孫子の解説書を読んだついでに、何気なく手に取った墨子の解説書を読んでみて、そこに書かれた墨子の考え方が実に新鮮で大いに引かれるものを感じました。

特に、その考え方の根底に流れる「現存するものに対するいとおしみ」の感情に大いに感銘しました。

この点を悪くとらえて、「墨守」(=古くからあるものを頑なに守ろうとすること、変化を忌避すること)という成句ができています。

しかしながら私は、既に在るものには何らかの意味があり、強引な力でそれを潰してしまうことはよいことではないと考えます。

もちろん、環境が変化したにもかかわらず、旧態依然とした経営を続けていてよいということではありません。

大きなショッピングセンターが近くに進出してくる危機に直面した個人商店は、生き残るために知力を尽くして戦わなければなりません。

そのための知恵を授けてくれるのが墨流経営の研究なのです。

次回から墨流の具体的な中身を述べていきます。
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2005年05月04日

墨流経営研究所開設

中小企業診断士への勉強を始めて、2年数ヶ月がたちました。
この間に、2次試験合格、実務補修8日受講と資格取得まであと一息のところまでたどりつき、また、ホームページを立ち上げて同じく勉強を志す人たちへの情報提供やネット上での交流を進めるなどしてきました。

このような日々をすごすうちに、この2005年2月に(突如として)経済産業省が「もっと中小企業の役にたつ診断士たれ」という観点で中小企業診断士の制度そのものについて見直す改革案を発表しました。

この改革案によって、企業内診断士を前提にしたこれまでの自分の活動について根本から考え直すことをせまられてしまいました。

約2ヶ月考えた結論として、これまでのように中小企業診断士の受験科目の範囲を幅広くカバーした「勉強」主体の活動からより実践的な経営研究に軸足を移すことに致しました。

そのための手段のひとつとして、以前「中小企業診断士への勉強的心」として運用していたこのBlogを復活し「墨流経営研究所」として再構築することと致しました。

この春から仕事が変わり時間的な余裕も少なくなった中でどのように展開できるのか? 見通しは定かでなく不安も多々ありますが、「とにかく前へ進まなくてはこれまでの2年が無駄になる!」と走りながら考えることにしました。

ということで、
  中年サラリーマンの中小企業診断士への勉強 第3幕の始まり始まり・・・です。






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2004年10月14日

別室建築のお知らせ

Blog人口が急激に増えて、市民権を確立しつつあるようです。
従来のホームページと比べると、その簡便さは際立っています。

さらに、人によってはBlogを書くことでカタルシスを感じているかも知れません。
私自身もBlogに書き込んでいると、新聞の声欄に投稿して掲載されたような、
一種の快感を感じるところもあります。

ところで、Blogは日記としての性格も持っています。

日記文学というものが一般の人々のレベルまで広く深く浸透しているという
点では、日本が世界的にみて最右翼であるといわれています。
土佐日記や徒然草、枕草子から始まり、綿々たる歴史があります。

ともあれ、その日本にBlogが入ってきました。

もともと、日記文学の素地があるところにこのような便利なツールが入って
きたということで、急激にブロッガーが増殖するのも自然なことと思われます。

ということで、サービスを提供している各プロバイダーも大変な苦労と努力を
していると思いますが、レスポンスの面でやはりかなり厳しい状況が発生する
ようになってきました。

無料サービスですから、文句をいう筋合いではないので、そっと別室を建築し
今後の状況変化に備えることにしました。
新しい部屋「中小企業診断士への勉強的心U」はこちらです


2つのブログをどう使い分けるか設計をしたわけではないので、混乱が生じる
懸念もありますが、選択のための比較を実行してみることにしした。

訪問者の方には、ご面倒をおかけしますことお詫びいたします。


posted by 利アップ at 00:12| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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