2005年08月27日

墨流の重要性の再確認

非戦について前回の記事を書いてから、ずいぶん時間が開いてしまいました。

(間があいてしまった言い訳ではありませんが)この間、中小企業診断士資格取得の最後の関門である実務補習を受講しました。
この実務補習というのは、中小企業診断士の試験合格後、約15日間かけて2つの企業を実際に診断し提言を行うという制度です。

私は、二回に分割して受講して、今回受講したのが第二回目の実務補習でしたので、ついに資格獲得にたどり着くことができました。先週、中小企業庁からクレジットカードみたいなプラスチックの認定証が送られてきました。

さて、今回の実務補習は、ほんとに小さな製造メーカでさせて頂きました。

そこで見聞したのは、中小企業がおかれた非常に厳しい現実でした。

下請けとして、売上げの減少、元請からの値下げ要求、過大な借り入れ・・・
全てに余裕がない経営状況のなかで、明るく振舞う二代目社長・・・

後々まで面倒を見れるわけでもない実習生としては、個別コンタクトや感情移入はご法度ですが、実習の範囲内で何とかよい知恵を出して元気づけてあげたいと、プレゼンにも思わず力がはいってしまいました。

そこで感じたのは、やはり大部分の(特に既存の)中小企業の経営には「孫子の兵法」は適用できないということです。

墨子のような地道に守っていくことを重視する考え方、あるいは石田梅岩の「石門心学」のような倹約と正直に立脚した考え方が必要だとの思いを改めて強くしました。

ということで、気分を新たに墨流について書き続けて参ります。
posted by 利アップ at 19:31| Comment(36) | TrackBack(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月04日

墨流経営研究所開設

中小企業診断士への勉強を始めて、2年数ヶ月がたちました。
この間に、2次試験合格、実務補修8日受講と資格取得まであと一息のところまでたどりつき、また、ホームページを立ち上げて同じく勉強を志す人たちへの情報提供やネット上での交流を進めるなどしてきました。

このような日々をすごすうちに、この2005年2月に(突如として)経済産業省が「もっと中小企業の役にたつ診断士たれ」という観点で中小企業診断士の制度そのものについて見直す改革案を発表しました。

この改革案によって、企業内診断士を前提にしたこれまでの自分の活動について根本から考え直すことをせまられてしまいました。

約2ヶ月考えた結論として、これまでのように中小企業診断士の受験科目の範囲を幅広くカバーした「勉強」主体の活動からより実践的な経営研究に軸足を移すことに致しました。

そのための手段のひとつとして、以前「中小企業診断士への勉強的心」として運用していたこのBlogを復活し「墨流経営研究所」として再構築することと致しました。

この春から仕事が変わり時間的な余裕も少なくなった中でどのように展開できるのか? 見通しは定かでなく不安も多々ありますが、「とにかく前へ進まなくてはこれまでの2年が無駄になる!」と走りながら考えることにしました。

ということで、
  中年サラリーマンの中小企業診断士への勉強 第3幕の始まり始まり・・・です。






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2004年10月14日

別室建築のお知らせ

Blog人口が急激に増えて、市民権を確立しつつあるようです。
従来のホームページと比べると、その簡便さは際立っています。

さらに、人によってはBlogを書くことでカタルシスを感じているかも知れません。
私自身もBlogに書き込んでいると、新聞の声欄に投稿して掲載されたような、
一種の快感を感じるところもあります。

ところで、Blogは日記としての性格も持っています。

日記文学というものが一般の人々のレベルまで広く深く浸透しているという
点では、日本が世界的にみて最右翼であるといわれています。
土佐日記や徒然草、枕草子から始まり、綿々たる歴史があります。

ともあれ、その日本にBlogが入ってきました。

もともと、日記文学の素地があるところにこのような便利なツールが入って
きたということで、急激にブロッガーが増殖するのも自然なことと思われます。

ということで、サービスを提供している各プロバイダーも大変な苦労と努力を
していると思いますが、レスポンスの面でやはりかなり厳しい状況が発生する
ようになってきました。

無料サービスですから、文句をいう筋合いではないので、そっと別室を建築し
今後の状況変化に備えることにしました。
新しい部屋「中小企業診断士への勉強的心U」はこちらです


2つのブログをどう使い分けるか設計をしたわけではないので、混乱が生じる
懸念もありますが、選択のための比較を実行してみることにしした。

訪問者の方には、ご面倒をおかけしますことお詫びいたします。


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2004年10月06日

単純なプッシュ型広告の効用

本の話が続きます

グッドラックに続いて、大村はま女史の「教えるということ」を
読んでみました。

大村はまさんは1906年生まれ、すでに97、8歳の高齢ですが、
今年になって、新たに本を出版されるなど、国語教育の啓発活動を
行っておられる、もと中学校の国語の先生です。

最近時々話題なる、スーパー年寄りの一人であることは間違いない
でしょう。

とはいえ、私は、国語教育に特別に興味を持っているわけではなく、
大村はまさんという方も、ずいぶんと著書を出しておられることや、
熱狂的な信望者もいるカリスマ的存在であることも存じ上げませんでした。

「教えるということ」の内容についての感想は、
HPのほうに、中小企業診断士への勉強的「勝手読み」の形で、
収録しました。

ここでは、この本を手に取ったきっかけについて考えたいと思います。

きっかけは、本のオンラインショップのひとつが発行している、メルマガ
でした。

このメルマガは、オンラインショップと連動していて、紹介している
本のうち何冊かは、数ページだけですが立ち読みさせてくれます。

この立ち読みが実に効果的なのです。

書評や内容の説明と、実際の書物の文章では、訴えかけてくるものが
全く違います。
そのため、本好きの私としては、限られた立ち読みをついつい読んで
しまいます。

その立ち読みに、大村はまさんの最近の著作が紹介されていました。
そこに出てきた言葉に、興味がわき、一冊読んでみることになった
わけです。

さて、このメルマガは何か特別な仕掛けがあるのでしょうか?

実は、特に個人的な興味分野に焦点をあてたこったものではなく、
適当に話題の書や新刊書を何冊か取り上げてプロモーションしてくる
単純なものです。

そして、このメルマガによるプッシュ型プロモーションが、全然本人の
趣味も購買履歴も考慮していないところに、面白みがあります。

実際の本屋さんや図書館には、しょっちゅう行きますが、どうしても
通る通路や見る書棚がマンネリ化してきます。
(違う本屋に行って見ると、刺激があって面白いですが、そうそう
 新しい本屋さんというわけにもいきません)

なかなか意識して、マンネリを打ち破るというのは難しいものです。

それを、この単純なメルマガは勝手にやってくれます。

これが、今までに購入した本から、購買傾向を推測して・・・なんて
親切な機能がついたメルマガだと、本屋さんに通っているのと似たような
結果になってしまいます。

マーケティングとは難しいものですね。







posted by 利アップ at 23:57| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月02日

「グッド ラック」を読んでみて

ポプラ社という地味な出版社が出した「グッド ラック」という本が
ヒットしているそうです。

テレビで紹介されたり、日経BizPlusで紹介されています。

どちらかというと流行り物に対しては、前期多数採用者〜後期多数採用者に
なってしまうことが多いのですが、テレビの紹介で「おやっ!?」と思う
ことがあったので、読んでみることにしました。

「おやっ!?」と思った点とは、この本は世界50カ国近くで出版されて
いるのですが、日本でのみ大ヒットしているというところです。
他の国では、せいぜい数万部ですが、日本ではなんと65万部です。

日本の消費者が、多様性や個性を口にしながら、結果として人と同じもの
を選ぶという「一人勝ちの経済」(大前研一)現象の表れでしょうか?

前出の日経BizPlusでは、ブームの火付けの要因として、
  女性向けの自己啓発書全体がブームであること、
  1000円を切る値づけでプレゼント向けをねらったこと、
  緑色一色の装丁で、帯の色を何種類か作り、書店でのディスプレイで
    目立つような効果をねらったこと、
  それらを含めて、流行の手書きポップなどで書店で販促するように
    プロモーション活動を行ったことなど
を上げています。

とはいえ、その程度の仕掛けで中身を気にせず本を購入するほど
日本の消費者は活字に飢えているとは思えません。

さて、実際に読んでみた感想はどうだったのでしょう?

私の読後感は、
(頭の中においては)
「なんだ、農耕文化の人にとっては、当たり前のことが改めて強調
されているだけだな」
でした。
当たり前のこととは、多数の(少なくともバブル以前は)日本人が大切に
していた、「努力することの大切さ」です。

それと同時に、
(気持ちの上においては)
「やっぱ、そうだよね。できること、出来る範囲で「下ごしらえ」を
続ける努力をしていかなくちゃ・・・」
となぜか説得されたのでした。

果たしてこの本の流行は、努力することが「かっこわるい」というバブル期
の呪縛からようやく脱する兆しなのか?
それとも、努力した時代をなつかしむ、単なるノスタルジーなのでしょうか?

前者であることに期待して、私自身はとりあえず「説得され」た方に与する
ことにします。


posted by 利アップ at 11:08| Comment(10) | TrackBack(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年09月28日

かぼちゃのお化けの力

以前、お菓子の実演販売に「伊勢の片焼き」を思うで取り上げた、お菓子屋さんの続編です。

この洋風焼き菓子を実演販売するお店は、通勤路の駅構内に
あり、毎日のようにその前を通っています。
そのため、否応なくお客さんの様子も目に入ってきます。

オープン当初はものめずらしさもあり、お客さんの姿を
よく見かけたのですが、どうも客足が少なくなっている
ように感じていました。

最近は夕方になると、店員さんがお店の前で小さな看板を
持って、一所懸命呼び込みをしている姿も見かけるように
なりました。
  呼び込みは諸刃の剣ですから、目をあわさないように
  大勢の人が足早に通りすぎていき、客足が増える様子
  は伺えませんでした。

ところがここ数日異変が生じました。

連日通るたびに、いつもお店の前で品定めをしているお客さんの
姿を見かけるようになったのです。
お店の前に呼び込みに立っていた店員さんも、カウンターの中で
接客にいそしんでいます。
ブログネタにする前に、念のためと思って意識してみると、
4日連続で複数のお客さんがいましたので、まず異変の発生は
確実です。

何が変わったのか?

一目、カウンターのあたりをみて目に飛び込んできたのは、
ハロウィンのかぼちゃのお化け(?)です。
大小、いろいろ10数個、カウンターの上にぶら下がったり
カウンター上に置かれています。

ハロウィンの食べ物といえば、パンプキン・パイ。すなわち
焼き菓子です。
まさに、このお店の商品とぴったりマッチしたイベントです。

かぼちゃのお化けを見かけた人は、無意識にハロウィンに
まつわる様々な物やことを連想しているでしょう。

その物やことには「パンプキンパイを焼く」ということもある
でしょう。
そのような連想とともに、このお店の商品を見ると、昨日まで
ただの焼き菓子であったものが、活き活きと物語性を持ち始め
てきます。

かぼちゃのお化けを飾ることで、単に焼き菓子を食べたり
贈ったりすることが、
「もうすぐハロウィンだね。そういば去年の今頃・・・」とか
「アメリカではね、ハロウィンというお祭りがあってね・・」
といった、お客それぞれの物語や会話(=より高次の満足)
に転化するのです。

このような物語性をどうやって商品やお店にもたせるのか?
マーケティングの重要な機能のひとつではないでしょうか。
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2004年09月27日

日本旅館の不思議

「ホテルは西洋文化の偉大な発明のひとつである」というような
記事を読んだ記憶があります。

確かに、洋式のホテルは今や世界中のあらゆる文化圏で、旅人
の宿泊スタイルの王道(?)といってよいでしょう。

ロビーにフロントがあり、そこでチェックインして部屋の鍵を
受け取り、部屋へいくと、ベッドとバスルームがあり、
宿泊客のプライバシーと安全が確保される。

安ホテルでは、安全や快適さに問題があったり、高級ホテル
ではプールやサウナがあったり、ビジネスセンターがあったり
とサービスの範囲やレベルには差がありますが、サービスの
体系としては万国のホテルで共通です。

では、ホテルと異なった宿泊場所を提供するサービスの体系
というのはあるのでしょうか?

思いつくのは、ユースホステルと和風旅館です。
この2つは、サービスの体系がホテルと基本的に違っている
ように思います。

昔のユースホステルは、会員制で、シーツを持参し、大部屋の
2段ベッドを利用、飲酒禁止、食事は広間に集合し、後は宿の
オーナーと談笑とか歌を歌ったりの集会参加・・と全くホテルと違った存在でした。

和風旅館も、玄関で靴を脱ぎ、部屋は和室、到着後一服したら
大浴場で一風呂浴びて浴衣に着替え、大広間で食事。女将が
挨拶に来たりして、部屋に戻ると布団が敷いてある!

改めてこうして特徴をあげてみると、和風旅館はサービスの
体系が洋式ホテルと全く異なっていますが、くつろぎ、快適、
ホスピタビリティを高いレベルで実現しています。

では、日本以外の国で、その国らしく独特でかつレベルの高い
サービス体系をもった宿泊所があるのでしょうか?
寡聞にして、世界中のあらゆる国へ出かけているツアーの
パンフレットに○○式旅館に泊まる旅というようなうたい文句
を見たことがありません。
ひょっとすると、とても日本人には感覚的に受け入れ難い
サービス体系であるために、紹介されてないのかも知れません。

試しに、韓国流旅館をインターネットで調べましたが、どうも
日本でいう安手のビジネスホテルのようなものしか見つかりま
せんでした。

洋式のホテルをベースにして、装飾やインテリアをその国風
にするとか、エスニックの食事をサービスするという味付け
をすることは比較的容易にできると思いますが、宿泊という
ニーズを満たす全く別のサービスの体系を作るというのは、容易なことではないと思います。

というより、和風旅館はホテルを日本風に改造したものでは
なく、全くオリジナルな存在として発展してきたのではないか
と思います。

なぜ、このようなサービス体系が発達したのでしょうか?
興味ある存在です。

posted by 利アップ at 21:22| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年09月21日

ゴルフクラブの品質

先日、友人たちとゴルフに行きました。

そのうちのひとりM君が、ほんの3月ほど前に買ったばかりの
ほぼ新品のクラブセットを持ってきて自慢していました。
(安く買ったことを自慢していたので、普通の道具自慢では
ないのですが)

クラブにはいろいろな種類がありますが、スプーンと呼ばれる
種類があります。ヘッド(打つところ)が、音符♪のように
膨らんでおり、比較的長距離を飛ばしたいときに使います。

さて、この友人が、新品同様の安さ自慢のスプーンで、
ティーショット(第一打)を打ったところ、ボコッと異様な
音がして、ボールといっしょに、ヘッドが飛んで行ってしまい
ました。

ヘッドが付け根のところでポッキリと折れてしまったのです。

この友人M君のスプーンは安値段が自慢だったとはいえ、それに
しても普通こんな簡単に折れるものではありません。

さて、M君さっそくメーカにクレームを申しいれたそうです。するとメーカの人いわく、「こんなことは1万本に1本も
ありません。他の製品は絶対大丈夫です」ということだった
そうです。

この1万本の1という数字、果たして大きいと感じますか?
小さいと感じますか?

品質管理の世界の基準で言えば、GEの有名な6σ(シックス
シグマ)では、良品率99.99966%を目指しています。
不良率にすれば、0.00034%です。

あまり数字が小さくて扱いにくいので、よくPPM
(百万分の1)を単位に使ったりします。
6σをPPMでいえば、3.4PPMです。

一般に、チップ部品の品質では、10PPMもあると、ユーザ
から改善要望が出されます。
こういった部品を何個も組み合わせて作るモジュールでも、
数十PPMが我慢の限界です。

でなければ、それら多数使って組み立てる電気製品や自動車と
いった最終製品の不良(偶発故障)を%未満のレベルまで
おさえ込めないのです。

さて、ゴルフクラブの不具合、100PPMです。
この会社のクラブはヘッドが折れてふっ飛ぶ確率がおよそ
100PPMです。

100PPMというのは、量産品においては、実はとんでも
ない数字です。
もし自動車のハンドルを回してる途中で折れる確率が
100PPMもあれば、毎年、何百台もの自動車のハンドルが
回転中にボキッと折れることを意味します。

クラブメーカの担当者のひと言が、この会社に品質意識が
根付いていないことを物語っているような気がします。








posted by 利アップ at 20:52| Comment(1) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年09月19日

小児科医のマーケティング

バス社内で小児科の広告を見かけました。

お医者さんの広告というのは、結構規制が厳しくて、露骨なPR的なことはかけません。

そこで、大抵の広告は診療科目、診療日・時間、
住所(地図)といった一般的内容が並ぶだけです。

私が見かけた広告も基本的には同じです。
しかし、そこで見つけた一言に引き付けられました。

そのひと言とは 「元気外来診療」というものです。

何だろうと思って説明を読んでみると、元気外来診療とは、
乳幼児の検診、予防接種など、要するに病気でない子供に
対する医療行為を指すようです。

この広告は、診療時間帯を大きな表で示しています。
それによると、この元気外来の時間帯は、2時から3時と
なっています。
一般診療はAM9時-12時とPM3時-6時ですから、元気外来
診療は午後の診療の冒頭の一時間となっています。

この時間設定をよく見てみると、この病院が患者の視点での
差別化、マーケティングに知恵を絞っている様子が
感じられます。

以下私の想像ですが、この時間帯の設定はこのような思慮が
裏にあると思いました。

1.検診や予防接種の対象者である元気な乳幼児の
 お母さんは、他の病人がいる病院へいくのはいやだな
 という気持ちがあるはずだ。
 よって、できれば時間帯を分けてあげるのが親切だ。

2.時間帯を分けるとすると、朝一か午後一にする必要
  がある。
  なぜなら、午前でも午後でも途中や最後を元気診療
  時間としたのでは、病気の子と交じり合う可能性が
  ある。
  (一般診療の患者が多いなどの事情で診療時間が
   前後するため)

3.朝一番の時間帯は、まだ家事に忙しい時間帯であり、
 検診や予防などのケースではついつい病院へ行きそびれ
 てしまう。
 一方、前夜から調子が悪くなった子供は、朝一番で病院へ
 つれていきたいのが人情である。
 よって、朝一番は一般診療にしておくべきだ。

これだけ患者の気持ちを忖度してくれるお医者さんなら、
診療もきっと丁寧に違いない、とこの診療時間表を見て
思えてきました。

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2004年09月15日

丸善書店の「反常識」店舗

昨日、東京駅丸の内北口に、OAZOというビルがオープンしました。
ここに、丸善書店が国内最大級の本屋を開店するということで
早速いってみました。
複合ビルの「キーテナント」である巨大な本屋さんの出現で、
当分の間昼休みの楽しみができました。

さて、この店舗、いくつかの点で今までの常識に反した大胆な
試みをしています。

1.4フロアの入り口である1階は、ビジネス関係の単行本、
 日経ビジネス文庫などを配置。
 通常本屋さんの入り口あたりにあるはずの雑誌がありません。
 なんと、とても数が売れるとは思えない、有価証券報告書
 までが、大きなスペースを占めて、一階に置かれています。

2.書棚は、ゴールデン・ゾーン(〜160cm)どころか、
 有効陳列範囲(〜210cm)を超え、240〜250cmほどの
 高さがあります。
 上のほうの本は、踏み台を持ってきて上って取らねばなり
 ません。

一方で、最近本屋さんの付加価値として注目されている
「手書きPOP」とか、ゆっくり座って本を読める設備、
といったものはありません。

ひたすら本の数量で勝負というところでしょうか?

今のところ、レジに20〜30人ほどの行列ができるほどの
混雑で、ゆっくり見て回ると程遠い状況ですので、この
ような新しい試みを味わい、評価するところまでいきませんが、
老舗の丸善が率先して、常識を破ってチャレンジャーとして
試行錯誤している様子に、書店業界のおかれた厳しさを
感じました。
posted by 利アップ at 23:55| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年09月13日

白書公開の不親切

9月11日の記事「そして誰もしなくなった」で、平成16
年度の労働経済白書の報告を新聞が記事にしていると
書きました。

最近はこういう記事があると、インターネトで
オリジナルの発表にあたってみるということを
心がけています。

そこでこの記事についても、早速厚生労働省のHPに
アクセスしてみました。

まず、このオリジナルの白書は厚生労働省のHPに
ちゃんと掲載されていました。
役所の情報公開意識も徐々に進んできたものだ・・・
と感心しながら・・・

実際に利用しようとすると、とても利用しづらいのです。

まずPDF文書です。役所はなぜかPDFが好きですが、引用もしづらいし、アクロバットリーダの立ち上げに
時間がかかるし、はっきり言って使いづらいです。

さらに、このPDFは、適当に数百キロBの大きさに
なるように分割されていました。

分割したファイルには、何ページから何ページと注書き
されていますが、どの章や項が何ページにあるか
わかりませんから、読みたい項目を探すためには、
適当にめぼしをつけて、いくつかファイルを開いて
みないと中身がわかりません。
   ・・・めんどくさい!!

さらに、本編と概要の2分冊になっていますが、
本編の方では、探せど探せど例の「無職業・非学生」の話が見つかりません。
どこかにあったのかも知れませんが、いくつかの
PDFファイルをダウンロードして調べたあげく
ギブアップ!!

念のため概要編を調べてみると、何と新聞記事と類似の
内容の表記が見つかりました。
そこで、本編の該当するあたりに戻ってみましたが、
記述内容が異なっていて、肝心の52万人うんぬんの
項はやはり見当たらず??

結局新聞の記事は、この概要編のほんの一部で、
ちょこっと書かれた部分だけを取り上げたものだった
ようです。

何だか狐につままれたような気持ちで、不親切な厚生
労働省のHPを閉じました。

そして、この白書から、どうして各紙が同じところを
取り上げて報道しているのだろうかという疑問も
沸いてきたのでした。


posted by 利アップ at 00:38| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年09月11日

そして誰もしなくなった

昔読んだ小松左京氏の短編SF小説(ショートショート)に
「そして誰もしなくなった」というのがあります。

題名は、アガサクリスティーの名作推理小説「そして誰も
いなくなった」の題名をもじったものですが、内容は
全く違って、次のようなものだったったと記憶します。

あるとき突然、某国の総理大臣が「やーめた」と言って
辞めてしまう。それが伝染し、国民が次々と「やーめた」
といって、仕事や勉強や、日常生活の活動を止めてしまう。

当然、皆お腹が空いて来るのだが、食事も作らず、ただ只
ボーっと滅びを迎える・・・

当時は、奇妙な印象しかなかったこのSF小説ですが、
平成16年度の労働経済白書の「無職業非学生の若年層が
52万人に達した」という報告が昨日の新聞で
報じられているのをみてこのSFのことを思い出しました。

この小説が書かれたのは1970年。
大阪の万博が開かれ、日本中が「人類の進歩と調和」を
確信していた時代でした。
当時は、荒唐無稽な与太話としか読めなかったのですが、
小松左京氏は高度成長にまい進する日本人の心の奥底に
潜む、無気力さの萌芽を感じ取っていたのでしょうか?

今、改めてこの小説を思い返し、我々の社会の足元に、
ぽっかりと暗い闇が広がり始めているような恐怖を
感じています。




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2004年09月08日

公園のゴミ箱

駅のゴミ箱に続いて、ゴミ箱シリーズです、というわけでは
ないのですが、公と私の役割分担、負担の問題の一例として、少し古い話題に触れてみます。

私の家の近くに、半ブロック分ほどの小さな公園があります。
この公園にはゴミ箱がありません。
というのは、この公園を管理している自治体の議会で、
ある時期公園のゴミ箱を問題視した議論が議会でなされた結果、
ゴミ箱が撤去されてしまったのでした。

その議論とは、次のような内容でした。
 ・公園にゴミ箱がある。
  ここに不届き者が家庭のゴミを持ち込んだり、
  コンビニの弁当の食べガラを捨てている。
  ゴミ出しのルールを守らないのはけしからんし、  
  すぐにゴミ箱がいっぱいになるので清掃コストもかかる。  
  ゴミ箱を撤去すべし。
  (そうすれば市民はルールを守るであろう。
   市はコスト削減ができるであろう。)

そして、ゴミ箱が撤去されてどうなったかというと・・・公園全体がゴミ箱になったのでした。

正確に言うと、公園や、近隣の道路をボランティアで清掃して、
集めたゴミを公園のゴミ箱に捨てていた人が、
「家にゴミを持ち帰るというところまではできません」
ということで、
ボランティアをやめてしまったのです。

その後、この自治体で、公園のゴミ箱撤去という
「先進的」政策が有効であたかどうかを確認したと
いうことは、寡聞にして知りませんが、公と民の役割、
費用負担のあり方について、示唆的な例だと思います。


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2004年09月04日

米国流「暮らしの手帳」の登場

「暮らしの手帳」という雑誌があります。高度成長期には、次々と現れる家電品や什器類を、実名で徹底比較テストして、優劣を明確に評価するという企画が売り物で、まだ小中学生であった私でも、面白く読みふけったものでした。

この「暮らしの手帳」は企業の広告は一切掲載せず、試験用の製品は市場で自前調達という姿勢を貫き、悪いところは悪いとストレートに記事に書くことから、メーカの担当者は、製品が取り上げられると、それこそ胃が痛くなる思いであったといわれています。

ところが、全般に日本の家電、什器の品質が向上して、差がつきにくくなったのか、読者が消費に興味を失ったのか、最近の「暮らしの手帳」では、あまり大々的な製品比較を行わなくなっています。

しかし、昨今の自動車の欠陥問題などをみると、ここに来て、日本の製造業は改めて品質について力を入れなおすべき状況が生じているのではないかと危惧される一方、消費者が入手できる製品情報といえば、昔ながらの店頭での店員の説明が中心で、インターネットを活用した情報提供も体系的でなかったり真偽が定かでない「うわさ」や「個人的体験」であったりして、決定的な製品比較情報の域には達していないのが実情でしょう。

バブル崩壊以降、供給過剰経済のもとで、消費者主導が言われて久しいのですが、実際に消費者が製品を選択するさいの製品の情報入手は、暮らしの手帳時代よりかえって偏りが生じているとさえいえるでしょう。

その間隙を突いたということではないでしょうが、先日JD.パワーという調査会社が、日本市場における自動車のメーカ別品質満足度調査結果を発表しました。
このJD.パワーという調査会社は、米国を中心に世界各国で自動車をはじめ様々な製品・サービスの顧客満足度を調査し、発表しています。この5月と6月には、米国における自動車の顧客満足度調査を発表しています。
今回日本の自動車市場においては、初めての調査を行ったとのことです。

この調査の内容はさておき、ここで注目すべきは、いよいよ厳しい米国流の消費者視点での評価が、日本の市場でも始まってきたということです。

このJDパワーの調査は、例えば自動車の満足度では、実際のユーザに過去1年間のトラブルの件数を聞き、一定台数(百台)ごとのトラブル件数を指標とするという実に単純明快な方法で、各社を比較し、実名入りで各社の指数を発表します。

健全な消費社会のためにも、一消費者としても、このJD.パワーの調査のように、公明、公正で、かつメーカ名をオープンにした品質、顧客満足度の調査がいろいろな製品でどんどんとでてきて欲しいと思います。
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2004年09月02日

駅の透明ゴミ箱

駅のゴミ箱は最近では分別収集ということで、「新聞雑誌」「ビン、缶」「その他のゴミ」と3つ並んでいるのを見かけることが多くなりました。
ゴミの投入口も、ゴミの種別に合わせて細い平型、丸型、大き目の四角型となっています。その駅のゴミ箱に、ゴミを取り出す扉部分が大きな透明窓になった新型が出現しました。
JR川崎駅のホームに据付されており、透明の窓から中にカンがたくさん溜まっているのが見えました。

さて、このような透明ドアのゴミ箱がなぜ出現したのでしょうか? 考えてみました。

1.中にゴミが溜まったのが見えて、清掃(ゴミ袋の取替え)のタイミングがわかる。
2.中に爆弾が仕掛けれられていないかが外からわかる。
3.分別ルール違反のものを入れたのがわかるので、ルール遵守の圧力になる。
4.雑誌回収業の人が中を覗かなくても、収穫品があるかどうかわかる。

3、4はちょっと考えにくいでしょう。
1が一番ありそうな理由のような気がします。
というのは、こういった改造をする際には経済計算をするのが、営利企業の習い性だからです。
この場合だと、こんな感じです。
今までは満杯にならないように4時間ごとにゴミ箱をチェックしていた。すると一日に5回ゴミ袋を交換することになるので、袋ひとつが10円で一日あたり50円のコストとなっていた。ふたを透明にして満杯になったら交換する方法に変えると、一日3回交換に減らせるので、一日あたり20円の節約。一年で7200円の節約。透明に改造する費用が1万5千円なので、2年少しでモトがとれる。
というような計算です。(この数字はあくまで仮定の話です)
そして、駅の利用者は、ゴミの塊が目に飛び込んできて、気持ちのよくない思いをするわけです。

ディズニーランドでは、ゴミ箱のゴミ袋交換も、あたかもエンターテインメントのごとく、流れるような動作で小気味よく作業していくそうです。

駅のゴミ集めにそこまでは期待しませんが、ゴミをお客の目にさらす理由が、単なる経済性ではなく、せめて2の安全確保のためや他の合理的理由によるものであって欲しいと思います。

posted by 利アップ at 21:27| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月30日

“ミーハー パワー”の効果

娘がテレビを見ていると、時々「この人カッコいい〜!」と声をあげます。つられて見てみると「??どこが??」という場合も無きにしも非ずで、蓼食う虫も好き好きというところですが、おもしろいことに気付きました。
「かっこいい」の対象が、歌手、俳優、スポーツ選手など多様、年齢も多様、容貌も多様ですが、何より、国籍・人種全く関係なしなのです。
と思って世の中を見渡すと、韓国ドラマのブームで韓国の俳優に大変な人気が集まっています。サッカーではベッカム、高校野球はダルビッシュ君と、女性たちの関心は多彩な才能に向けられています。そして、来日などの機会には大変な熱気で歓迎する様子が報道され、まさに「ミーハー・パワー」とでも呼べるような迫力すら感じられます。

さて、この「ミーハー・パワー」ですが、相手側の国の立場にたってみましょう。例えば『渡辺兼がロサンゼルスの空港で、米人女性ファンに囲まれて大歓迎を受けた』と報道されたとします。日本人として(若干の嫉妬は別にして)うれしい気持ちを抱き、その国に対する好意を感じるのではないでしょうか。
同様の力が、この「ミーハー・パワー」には秘められているように思います。
どこの国の国民であれ、『自分たちの代表選手(俳優でもなんでもかまいません)が、日本で女性たちに熱狂的に支持されて歓迎されている』という情報に接すれば、日本全体に対する好感がアップすることは間違いないでしょう。
ここで重要なのは、相手国マスコミへのフィードバックです。
外務省にもぜひこの「ミーハー・パワー」活用の工夫をお願いしたいところです。



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2004年08月26日

高速道路のマイレージ割引

「国土交通省が高速道路の割引サービスを検討している」という記事が今日の日経夕刊に掲載されていました。
一見、航空機業界が顧客囲い込みのために提供しているマイレージ・サービスと同じような印象を受け、世界一高いといわれる高速道路料金の値下げのひとつだから、よいことだと勘違いしそうですが、ちょっと考えると変なアイデアであると気づきます。

まず、この値引きの目的です。
マイレージの名の通り、この割引制度は、高速道路を利用すればポイントが貯まり、それを料金に充当できるというサービスです。では、この値引きで高速道路の料金収入は増加するのでしょうか?
単価が下がるのですから、利用者が増えるか、利用者当りの走行距離が増えなければ収入は増えません。
例えば、東京と大阪の間に経営主体が異なった高速道路が2ルートあり、両社が熾烈な通行車両争奪戦をしているということであれば、顧客の囲い込みのためにマイルを提供するという販促策はわかります。でも現実にはそんな競合はありません。マイルを貯めるために、新幹線はやめて高速道路でいこうという人は皆無に近いでしょう。
では、顧客が増えないまでも、顧客当りの走行距離が増えるでしょうか?「業務のトラック便でマイルが貯まったから、こんどの休日は自家用車でドライブしよう」という公私混同利用がどれほどあるのでしょうか?

次にこの割引の対象がETC利用者だけであることです。
ETCではすでに5万円前払いすると16%のプレミアがつく、前払い割引サービスがあり、さらにクレジットカード会社のインセンティブもつきます。その上でさらに、マイレージです。ここまでETCばかり優遇する理由は何でしょうか?

さて、批判ばかりではいけませんので、私のアイデアです。
ETCのよいところのひとつは、高速道路に入ったり出たりしたことが記録できることです。これを利用して、高速道路の途中下車を自由にするのです。
「自由」というのは、距離別の料金格差の解消という意味です。現在高速道路の料金体系は長距離ほど割安になっています。このため、目的地までの途中で一旦外に出て再度、高速道路を利用すると、最初から通しで走行するより余計に料金がかかってしまいます。ETCを使ってこの欠点を解消し、途中下車しても目的地までの料金トータルが変わらないようにするのです。
その上で、ETCでのみ乗り降りできる、簡易なインターチェンジをたくさん作るのです。なんなら、一定の基準を満たせば、民間企業がインターチェンジを作ることを認めてもよいでしょう。
そして、簡易インターチェンジを降りた付近(つまり、一般道)には、牛どんやハンバーガー宿泊所などが地域の規制は守りつつ、勝手に営業すればよいのです。「逆方向へ戻らないかぎり、途中下車扱いにします」ということになれば、ドライバーは気楽に降りたいところで高速道路を降りて、食事、休憩、観光を楽しんで旅を続けることができます。

ただし、この方式にも欠点があります。パーキングエリアのお店が、外のお店との競争に巻き込まれ、今のように独占的な利益をあげられなくなることです。
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バスの車掌さん

大学生の娘と話していて、「バスの車掌さん」を話題にしたところ、「えっ? それは何?」という反応が返ってきてハッとしました。子供たちは、車掌さんが乗った路線バスなど乗ったことも見たことも無かったのです。
従って、イメージが全く浮かばなかったようです。
これを読まれている方はいかがでしょうか?

さて、ここで「バスの車掌さん」を持ち出してきたのは、高齢化社会、あるいは過疎化になやむ地域において、「バスの車掌さん」の復活が有益ではないか?と思いついたからです。
私は毎日の通勤に、バスを利用していますが、たまに乗ってくる高齢者や赤ちゃん連れのお母さんにとっては、バスは使いづらいところがあります。
ここに、昔のように車掌さんがいて、乗り降りの補助をしてくれたり、料金の支払いの対応をしてくれたりすると、ずいぶんと助かるのではないでしょうか?
また、停留所名も、無味乾燥なテープでなくて、肉声の方がずっといいように思います。たまにですが、女性のバス運転手さんのアナウンスを聞くと(おじさんの私としては)とても気持ちが和みます。さらには、馴染みのお客さんと挨拶のひとつも交わすようになれば、乗客が心楽しくなること間違いありません。
沿線の住人がバスに乗って心楽しければ、乗客増につながることが期待できます。
もっとも採算面では引き合わないでしょうから、その分公的な支援が必要となるでしょうが、「車掌さん」復活で、地域に職場も生まれることを考えれば公的支援の価値はあるのではないでしょうか。

採算悪化→コスト削減→人減らし で効率を追求してきたわが国経済ですが、少子・高齢化にむけて、切り捨ててきたものの再評価も必要ではないかと感じています。
posted by 利アップ at 00:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月24日

VAの落とし穴

ずっと我家で定番として愛用している歯磨きがあります。
この歯磨きのキャップは、幅広サイズで、キャップを下にして立てておくことができる、摘まんであけるタイプです。
以前の小さいキャップに比べると、「立てて置けるので場所をとらない」とか「ねじらないで、つまめば取れるし、押し込めばふたができて、操作性がよい」というメリットがあります。一方で、キャップ内のスキ間に水垢やカビが溜まりやすく清潔感に欠けるという欠点もあり、功罪なかばするのですが、最近はこの幅広タイプが増えてきているようです。

さて、この歯磨きが最近チューブのパッケージデザインを変更しました。それと合わせて、キャップのVAをしたようです。本当に意識的にVAをしたのかどうかは確認したわけではありませんが、キャップの形状、機能が同じ、材質(PP:ポリプロピレン)が同じで、全体に薄っぺらになっているので、機能、性能を変えずにコストダウンをするVAではないかと推測しているわけです。

この「VA」というものは、コストダウンの大きな力になりますが、時として品質トラブルの原因となる場合があります。本来、機能・性能を落とさずにコストのみを下げることを目指したにもかかわらず、最初の設計では(無意識的に)織り込まれていた性能・品質の「余裕度」を切り捨ててしまうことがあるからです。
通常、VAをした場合、全く新規に開発したのと同様の試験はしないので、この余裕度がなくなることで発生するトラブル(品質問題)を見逃してしまうのです。

ということで、このVAキャップ・・・・ギュッと摘まむと、パキッとクラックが入ってしまいました。今まで何年も旧タイプを使っていて、一度も割れたことなどなかったのですが・・・



posted by 利アップ at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

コンプライアンス経営

今日の日経新聞「経営の視点」で三菱自動車のコンプライアンス経営がなぜうまくいかなかったかが取り上げられていました。
6月に三菱商事副社長から、同社のCSR推進本部長に就任された副会長の分析では、同社では1997年に総会屋事件をきっかけに、企業行動指針を策定したが、この指針がPDCAのP(PLAN)とすると、「Doまでサイクルが回らなかった」とのこと。
では、なぜPDCAが回らなかったかというと、「本気で実行してはいけない雰囲気があった」という分析。
ここからさきは日経が「問題をいちいちつつくと上層部に至り、余計なことをしない方が身のためだ」と考えたのだろうと解説していました。

ところで、トヨタ流問題解決では、「なぜ?」を5回繰り返せといわれます。ここで「コンプライアンス経営がうまくいかなかった」を解決すべき問題とすると、前述の分析は「なぜ?」を3回発した段階で終わっています。
試みに、あと2回の「なぜ?」を発してみましょう。
Q4:「なぜ、問題が上層部に至ることが余計なことなのか」
A4:「組織として、問題解決に向かうのではなく、かえって問題を指摘した本人が非難されるから」
Q5:「なぜ問題を指摘した本人が非難されるのか」
A5:「問題の責任を追及された人が不愉快になるから」

第四段階、第五段階のQ&Aは架空の頭の体操ですから、これを前提に議論してもあまり意味はありませんが、もしこのような認識に行き着いたとすれば、問題の本質が、「問題に対する当事者の向き合い方」にあるのではないかということに思いあたります。
あの「ザ・ゴール2」で出てきましたよね。問題をはさんで、当事者が対立関係にたつのではなく、問題対両当事者の関係ととらえることが重要だという指摘。

このように、突きつめて、突き詰めて本当の問題点に行き着き、そこを改善していくことが、コンプライアンス経営においても重要だと感じた次第です。
posted by 利アップ at 00:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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