2004年10月06日

単純なプッシュ型広告の効用

本の話が続きます

グッドラックに続いて、大村はま女史の「教えるということ」を
読んでみました。

大村はまさんは1906年生まれ、すでに97、8歳の高齢ですが、
今年になって、新たに本を出版されるなど、国語教育の啓発活動を
行っておられる、もと中学校の国語の先生です。

最近時々話題なる、スーパー年寄りの一人であることは間違いない
でしょう。

とはいえ、私は、国語教育に特別に興味を持っているわけではなく、
大村はまさんという方も、ずいぶんと著書を出しておられることや、
熱狂的な信望者もいるカリスマ的存在であることも存じ上げませんでした。

「教えるということ」の内容についての感想は、
HPのほうに、中小企業診断士への勉強的「勝手読み」の形で、
収録しました。

ここでは、この本を手に取ったきっかけについて考えたいと思います。

きっかけは、本のオンラインショップのひとつが発行している、メルマガ
でした。

このメルマガは、オンラインショップと連動していて、紹介している
本のうち何冊かは、数ページだけですが立ち読みさせてくれます。

この立ち読みが実に効果的なのです。

書評や内容の説明と、実際の書物の文章では、訴えかけてくるものが
全く違います。
そのため、本好きの私としては、限られた立ち読みをついつい読んで
しまいます。

その立ち読みに、大村はまさんの最近の著作が紹介されていました。
そこに出てきた言葉に、興味がわき、一冊読んでみることになった
わけです。

さて、このメルマガは何か特別な仕掛けがあるのでしょうか?

実は、特に個人的な興味分野に焦点をあてたこったものではなく、
適当に話題の書や新刊書を何冊か取り上げてプロモーションしてくる
単純なものです。

そして、このメルマガによるプッシュ型プロモーションが、全然本人の
趣味も購買履歴も考慮していないところに、面白みがあります。

実際の本屋さんや図書館には、しょっちゅう行きますが、どうしても
通る通路や見る書棚がマンネリ化してきます。
(違う本屋に行って見ると、刺激があって面白いですが、そうそう
 新しい本屋さんというわけにもいきません)

なかなか意識して、マンネリを打ち破るというのは難しいものです。

それを、この単純なメルマガは勝手にやってくれます。

これが、今までに購入した本から、購買傾向を推測して・・・なんて
親切な機能がついたメルマガだと、本屋さんに通っているのと似たような
結果になってしまいます。

マーケティングとは難しいものですね。







posted by 利アップ at 23:57| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月02日

「グッド ラック」を読んでみて

ポプラ社という地味な出版社が出した「グッド ラック」という本が
ヒットしているそうです。

テレビで紹介されたり、日経BizPlusで紹介されています。

どちらかというと流行り物に対しては、前期多数採用者〜後期多数採用者に
なってしまうことが多いのですが、テレビの紹介で「おやっ!?」と思う
ことがあったので、読んでみることにしました。

「おやっ!?」と思った点とは、この本は世界50カ国近くで出版されて
いるのですが、日本でのみ大ヒットしているというところです。
他の国では、せいぜい数万部ですが、日本ではなんと65万部です。

日本の消費者が、多様性や個性を口にしながら、結果として人と同じもの
を選ぶという「一人勝ちの経済」(大前研一)現象の表れでしょうか?

前出の日経BizPlusでは、ブームの火付けの要因として、
  女性向けの自己啓発書全体がブームであること、
  1000円を切る値づけでプレゼント向けをねらったこと、
  緑色一色の装丁で、帯の色を何種類か作り、書店でのディスプレイで
    目立つような効果をねらったこと、
  それらを含めて、流行の手書きポップなどで書店で販促するように
    プロモーション活動を行ったことなど
を上げています。

とはいえ、その程度の仕掛けで中身を気にせず本を購入するほど
日本の消費者は活字に飢えているとは思えません。

さて、実際に読んでみた感想はどうだったのでしょう?

私の読後感は、
(頭の中においては)
「なんだ、農耕文化の人にとっては、当たり前のことが改めて強調
されているだけだな」
でした。
当たり前のこととは、多数の(少なくともバブル以前は)日本人が大切に
していた、「努力することの大切さ」です。

それと同時に、
(気持ちの上においては)
「やっぱ、そうだよね。できること、出来る範囲で「下ごしらえ」を
続ける努力をしていかなくちゃ・・・」
となぜか説得されたのでした。

果たしてこの本の流行は、努力することが「かっこわるい」というバブル期
の呪縛からようやく脱する兆しなのか?
それとも、努力した時代をなつかしむ、単なるノスタルジーなのでしょうか?

前者であることに期待して、私自身はとりあえず「説得され」た方に与する
ことにします。


posted by 利アップ at 11:08| Comment(10) | TrackBack(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年09月28日

かぼちゃのお化けの力

以前、お菓子の実演販売に「伊勢の片焼き」を思うで取り上げた、お菓子屋さんの続編です。

この洋風焼き菓子を実演販売するお店は、通勤路の駅構内に
あり、毎日のようにその前を通っています。
そのため、否応なくお客さんの様子も目に入ってきます。

オープン当初はものめずらしさもあり、お客さんの姿を
よく見かけたのですが、どうも客足が少なくなっている
ように感じていました。

最近は夕方になると、店員さんがお店の前で小さな看板を
持って、一所懸命呼び込みをしている姿も見かけるように
なりました。
  呼び込みは諸刃の剣ですから、目をあわさないように
  大勢の人が足早に通りすぎていき、客足が増える様子
  は伺えませんでした。

ところがここ数日異変が生じました。

連日通るたびに、いつもお店の前で品定めをしているお客さんの
姿を見かけるようになったのです。
お店の前に呼び込みに立っていた店員さんも、カウンターの中で
接客にいそしんでいます。
ブログネタにする前に、念のためと思って意識してみると、
4日連続で複数のお客さんがいましたので、まず異変の発生は
確実です。

何が変わったのか?

一目、カウンターのあたりをみて目に飛び込んできたのは、
ハロウィンのかぼちゃのお化け(?)です。
大小、いろいろ10数個、カウンターの上にぶら下がったり
カウンター上に置かれています。

ハロウィンの食べ物といえば、パンプキン・パイ。すなわち
焼き菓子です。
まさに、このお店の商品とぴったりマッチしたイベントです。

かぼちゃのお化けを見かけた人は、無意識にハロウィンに
まつわる様々な物やことを連想しているでしょう。

その物やことには「パンプキンパイを焼く」ということもある
でしょう。
そのような連想とともに、このお店の商品を見ると、昨日まで
ただの焼き菓子であったものが、活き活きと物語性を持ち始め
てきます。

かぼちゃのお化けを飾ることで、単に焼き菓子を食べたり
贈ったりすることが、
「もうすぐハロウィンだね。そういば去年の今頃・・・」とか
「アメリカではね、ハロウィンというお祭りがあってね・・」
といった、お客それぞれの物語や会話(=より高次の満足)
に転化するのです。

このような物語性をどうやって商品やお店にもたせるのか?
マーケティングの重要な機能のひとつではないでしょうか。
posted by 利アップ at 16:27| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年09月27日

日本旅館の不思議

「ホテルは西洋文化の偉大な発明のひとつである」というような
記事を読んだ記憶があります。

確かに、洋式のホテルは今や世界中のあらゆる文化圏で、旅人
の宿泊スタイルの王道(?)といってよいでしょう。

ロビーにフロントがあり、そこでチェックインして部屋の鍵を
受け取り、部屋へいくと、ベッドとバスルームがあり、
宿泊客のプライバシーと安全が確保される。

安ホテルでは、安全や快適さに問題があったり、高級ホテル
ではプールやサウナがあったり、ビジネスセンターがあったり
とサービスの範囲やレベルには差がありますが、サービスの
体系としては万国のホテルで共通です。

では、ホテルと異なった宿泊場所を提供するサービスの体系
というのはあるのでしょうか?

思いつくのは、ユースホステルと和風旅館です。
この2つは、サービスの体系がホテルと基本的に違っている
ように思います。

昔のユースホステルは、会員制で、シーツを持参し、大部屋の
2段ベッドを利用、飲酒禁止、食事は広間に集合し、後は宿の
オーナーと談笑とか歌を歌ったりの集会参加・・と全くホテルと違った存在でした。

和風旅館も、玄関で靴を脱ぎ、部屋は和室、到着後一服したら
大浴場で一風呂浴びて浴衣に着替え、大広間で食事。女将が
挨拶に来たりして、部屋に戻ると布団が敷いてある!

改めてこうして特徴をあげてみると、和風旅館はサービスの
体系が洋式ホテルと全く異なっていますが、くつろぎ、快適、
ホスピタビリティを高いレベルで実現しています。

では、日本以外の国で、その国らしく独特でかつレベルの高い
サービス体系をもった宿泊所があるのでしょうか?
寡聞にして、世界中のあらゆる国へ出かけているツアーの
パンフレットに○○式旅館に泊まる旅というようなうたい文句
を見たことがありません。
ひょっとすると、とても日本人には感覚的に受け入れ難い
サービス体系であるために、紹介されてないのかも知れません。

試しに、韓国流旅館をインターネットで調べましたが、どうも
日本でいう安手のビジネスホテルのようなものしか見つかりま
せんでした。

洋式のホテルをベースにして、装飾やインテリアをその国風
にするとか、エスニックの食事をサービスするという味付け
をすることは比較的容易にできると思いますが、宿泊という
ニーズを満たす全く別のサービスの体系を作るというのは、容易なことではないと思います。

というより、和風旅館はホテルを日本風に改造したものでは
なく、全くオリジナルな存在として発展してきたのではないか
と思います。

なぜ、このようなサービス体系が発達したのでしょうか?
興味ある存在です。

posted by 利アップ at 21:22| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年09月21日

ゴルフクラブの品質

先日、友人たちとゴルフに行きました。

そのうちのひとりM君が、ほんの3月ほど前に買ったばかりの
ほぼ新品のクラブセットを持ってきて自慢していました。
(安く買ったことを自慢していたので、普通の道具自慢では
ないのですが)

クラブにはいろいろな種類がありますが、スプーンと呼ばれる
種類があります。ヘッド(打つところ)が、音符♪のように
膨らんでおり、比較的長距離を飛ばしたいときに使います。

さて、この友人が、新品同様の安さ自慢のスプーンで、
ティーショット(第一打)を打ったところ、ボコッと異様な
音がして、ボールといっしょに、ヘッドが飛んで行ってしまい
ました。

ヘッドが付け根のところでポッキリと折れてしまったのです。

この友人M君のスプーンは安値段が自慢だったとはいえ、それに
しても普通こんな簡単に折れるものではありません。

さて、M君さっそくメーカにクレームを申しいれたそうです。するとメーカの人いわく、「こんなことは1万本に1本も
ありません。他の製品は絶対大丈夫です」ということだった
そうです。

この1万本の1という数字、果たして大きいと感じますか?
小さいと感じますか?

品質管理の世界の基準で言えば、GEの有名な6σ(シックス
シグマ)では、良品率99.99966%を目指しています。
不良率にすれば、0.00034%です。

あまり数字が小さくて扱いにくいので、よくPPM
(百万分の1)を単位に使ったりします。
6σをPPMでいえば、3.4PPMです。

一般に、チップ部品の品質では、10PPMもあると、ユーザ
から改善要望が出されます。
こういった部品を何個も組み合わせて作るモジュールでも、
数十PPMが我慢の限界です。

でなければ、それら多数使って組み立てる電気製品や自動車と
いった最終製品の不良(偶発故障)を%未満のレベルまで
おさえ込めないのです。

さて、ゴルフクラブの不具合、100PPMです。
この会社のクラブはヘッドが折れてふっ飛ぶ確率がおよそ
100PPMです。

100PPMというのは、量産品においては、実はとんでも
ない数字です。
もし自動車のハンドルを回してる途中で折れる確率が
100PPMもあれば、毎年、何百台もの自動車のハンドルが
回転中にボキッと折れることを意味します。

クラブメーカの担当者のひと言が、この会社に品質意識が
根付いていないことを物語っているような気がします。








posted by 利アップ at 20:52| Comment(1) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年09月19日

小児科医のマーケティング

バス社内で小児科の広告を見かけました。

お医者さんの広告というのは、結構規制が厳しくて、露骨なPR的なことはかけません。

そこで、大抵の広告は診療科目、診療日・時間、
住所(地図)といった一般的内容が並ぶだけです。

私が見かけた広告も基本的には同じです。
しかし、そこで見つけた一言に引き付けられました。

そのひと言とは 「元気外来診療」というものです。

何だろうと思って説明を読んでみると、元気外来診療とは、
乳幼児の検診、予防接種など、要するに病気でない子供に
対する医療行為を指すようです。

この広告は、診療時間帯を大きな表で示しています。
それによると、この元気外来の時間帯は、2時から3時と
なっています。
一般診療はAM9時-12時とPM3時-6時ですから、元気外来
診療は午後の診療の冒頭の一時間となっています。

この時間設定をよく見てみると、この病院が患者の視点での
差別化、マーケティングに知恵を絞っている様子が
感じられます。

以下私の想像ですが、この時間帯の設定はこのような思慮が
裏にあると思いました。

1.検診や予防接種の対象者である元気な乳幼児の
 お母さんは、他の病人がいる病院へいくのはいやだな
 という気持ちがあるはずだ。
 よって、できれば時間帯を分けてあげるのが親切だ。

2.時間帯を分けるとすると、朝一か午後一にする必要
  がある。
  なぜなら、午前でも午後でも途中や最後を元気診療
  時間としたのでは、病気の子と交じり合う可能性が
  ある。
  (一般診療の患者が多いなどの事情で診療時間が
   前後するため)

3.朝一番の時間帯は、まだ家事に忙しい時間帯であり、
 検診や予防などのケースではついつい病院へ行きそびれ
 てしまう。
 一方、前夜から調子が悪くなった子供は、朝一番で病院へ
 つれていきたいのが人情である。
 よって、朝一番は一般診療にしておくべきだ。

これだけ患者の気持ちを忖度してくれるお医者さんなら、
診療もきっと丁寧に違いない、とこの診療時間表を見て
思えてきました。

posted by 利アップ at 22:21| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年09月15日

丸善書店の「反常識」店舗

昨日、東京駅丸の内北口に、OAZOというビルがオープンしました。
ここに、丸善書店が国内最大級の本屋を開店するということで
早速いってみました。
複合ビルの「キーテナント」である巨大な本屋さんの出現で、
当分の間昼休みの楽しみができました。

さて、この店舗、いくつかの点で今までの常識に反した大胆な
試みをしています。

1.4フロアの入り口である1階は、ビジネス関係の単行本、
 日経ビジネス文庫などを配置。
 通常本屋さんの入り口あたりにあるはずの雑誌がありません。
 なんと、とても数が売れるとは思えない、有価証券報告書
 までが、大きなスペースを占めて、一階に置かれています。

2.書棚は、ゴールデン・ゾーン(〜160cm)どころか、
 有効陳列範囲(〜210cm)を超え、240〜250cmほどの
 高さがあります。
 上のほうの本は、踏み台を持ってきて上って取らねばなり
 ません。

一方で、最近本屋さんの付加価値として注目されている
「手書きPOP」とか、ゆっくり座って本を読める設備、
といったものはありません。

ひたすら本の数量で勝負というところでしょうか?

今のところ、レジに20〜30人ほどの行列ができるほどの
混雑で、ゆっくり見て回ると程遠い状況ですので、この
ような新しい試みを味わい、評価するところまでいきませんが、
老舗の丸善が率先して、常識を破ってチャレンジャーとして
試行錯誤している様子に、書店業界のおかれた厳しさを
感じました。
posted by 利アップ at 23:55| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年09月13日

白書公開の不親切

9月11日の記事「そして誰もしなくなった」で、平成16
年度の労働経済白書の報告を新聞が記事にしていると
書きました。

最近はこういう記事があると、インターネトで
オリジナルの発表にあたってみるということを
心がけています。

そこでこの記事についても、早速厚生労働省のHPに
アクセスしてみました。

まず、このオリジナルの白書は厚生労働省のHPに
ちゃんと掲載されていました。
役所の情報公開意識も徐々に進んできたものだ・・・
と感心しながら・・・

実際に利用しようとすると、とても利用しづらいのです。

まずPDF文書です。役所はなぜかPDFが好きですが、引用もしづらいし、アクロバットリーダの立ち上げに
時間がかかるし、はっきり言って使いづらいです。

さらに、このPDFは、適当に数百キロBの大きさに
なるように分割されていました。

分割したファイルには、何ページから何ページと注書き
されていますが、どの章や項が何ページにあるか
わかりませんから、読みたい項目を探すためには、
適当にめぼしをつけて、いくつかファイルを開いて
みないと中身がわかりません。
   ・・・めんどくさい!!

さらに、本編と概要の2分冊になっていますが、
本編の方では、探せど探せど例の「無職業・非学生」の話が見つかりません。
どこかにあったのかも知れませんが、いくつかの
PDFファイルをダウンロードして調べたあげく
ギブアップ!!

念のため概要編を調べてみると、何と新聞記事と類似の
内容の表記が見つかりました。
そこで、本編の該当するあたりに戻ってみましたが、
記述内容が異なっていて、肝心の52万人うんぬんの
項はやはり見当たらず??

結局新聞の記事は、この概要編のほんの一部で、
ちょこっと書かれた部分だけを取り上げたものだった
ようです。

何だか狐につままれたような気持ちで、不親切な厚生
労働省のHPを閉じました。

そして、この白書から、どうして各紙が同じところを
取り上げて報道しているのだろうかという疑問も
沸いてきたのでした。


posted by 利アップ at 00:38| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年09月11日

そして誰もしなくなった

昔読んだ小松左京氏の短編SF小説(ショートショート)に
「そして誰もしなくなった」というのがあります。

題名は、アガサクリスティーの名作推理小説「そして誰も
いなくなった」の題名をもじったものですが、内容は
全く違って、次のようなものだったったと記憶します。

あるとき突然、某国の総理大臣が「やーめた」と言って
辞めてしまう。それが伝染し、国民が次々と「やーめた」
といって、仕事や勉強や、日常生活の活動を止めてしまう。

当然、皆お腹が空いて来るのだが、食事も作らず、ただ只
ボーっと滅びを迎える・・・

当時は、奇妙な印象しかなかったこのSF小説ですが、
平成16年度の労働経済白書の「無職業非学生の若年層が
52万人に達した」という報告が昨日の新聞で
報じられているのをみてこのSFのことを思い出しました。

この小説が書かれたのは1970年。
大阪の万博が開かれ、日本中が「人類の進歩と調和」を
確信していた時代でした。
当時は、荒唐無稽な与太話としか読めなかったのですが、
小松左京氏は高度成長にまい進する日本人の心の奥底に
潜む、無気力さの萌芽を感じ取っていたのでしょうか?

今、改めてこの小説を思い返し、我々の社会の足元に、
ぽっかりと暗い闇が広がり始めているような恐怖を
感じています。




posted by 利アップ at 01:11| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年09月08日

公園のゴミ箱

駅のゴミ箱に続いて、ゴミ箱シリーズです、というわけでは
ないのですが、公と私の役割分担、負担の問題の一例として、少し古い話題に触れてみます。

私の家の近くに、半ブロック分ほどの小さな公園があります。
この公園にはゴミ箱がありません。
というのは、この公園を管理している自治体の議会で、
ある時期公園のゴミ箱を問題視した議論が議会でなされた結果、
ゴミ箱が撤去されてしまったのでした。

その議論とは、次のような内容でした。
 ・公園にゴミ箱がある。
  ここに不届き者が家庭のゴミを持ち込んだり、
  コンビニの弁当の食べガラを捨てている。
  ゴミ出しのルールを守らないのはけしからんし、  
  すぐにゴミ箱がいっぱいになるので清掃コストもかかる。  
  ゴミ箱を撤去すべし。
  (そうすれば市民はルールを守るであろう。
   市はコスト削減ができるであろう。)

そして、ゴミ箱が撤去されてどうなったかというと・・・公園全体がゴミ箱になったのでした。

正確に言うと、公園や、近隣の道路をボランティアで清掃して、
集めたゴミを公園のゴミ箱に捨てていた人が、
「家にゴミを持ち帰るというところまではできません」
ということで、
ボランティアをやめてしまったのです。

その後、この自治体で、公園のゴミ箱撤去という
「先進的」政策が有効であたかどうかを確認したと
いうことは、寡聞にして知りませんが、公と民の役割、
費用負担のあり方について、示唆的な例だと思います。


posted by 利アップ at 00:26| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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