2004年05月15日

ベンチマーキングと他社比較

1,2年前になりますが、近所にマーチャンダイジングで有名GSMが開店しました。開店に先立ち、パート、アルバイト募集の新聞折込みチラシが配られました。このGSMは、社員教育が徹底していることでも有名ですが、この募集チラシを見て気づいたのは、時給単価が近隣のGSMに比べて少し高めということ、研修期間が長いことと応募資格として「他店にお勤めの方の応募はご遠慮ください」という但し書きの3点でした。
他店の方お断りについて、当時は、「お行儀のよい募集の仕方をするな、これがこの業界のしきたりかな?」と思って忘れていたのですが、最近何かの記事で、「このGSMチェーンでは、他社店を調査することは禁じている」というのを読み、この募集チラシのことが衝撃的に記憶に甦りました。
他店に勤める人を採らないのは、他店の流儀を持ち込まれるのを避けるためではないのか・・・?もしそうであれば、これは、一時期流行った「ベンチマーキング」の思想と全く違った経営手法ではないか・・・・!という衝撃です。
「ベンチマーキング」は、高パフォマンスを上げている他社のビジネスプロセスをお手本として自社と比較し、自社のビジネスプロセスを改善していく経営改善手法です。米国企業が日本企業等との競争において、生産性、品質等の改善に取り組む手法として、90年代に一般化しました。
ベンチマーキングは、必ずしも同業他社との比較をするのではなく、業種は異なっても、優れたパフォマンスを上げている企業を比較対象にしてもよいので、単純な他社のまねではありませんが、やはりどこかに追いつけ追い越せの精神が見え隠れしています。

日本の流通業において、効率性で他を圧倒するGSMが、他社を真似しないことに細心の注意を払っていることとをあわせ考えると、やはり日本の企業はいくつかの分野で世界の先頭を走っているのは間違いないでしょう。
先頭にでたら、もう手本はありません。自分の力で考え抜くという姿勢が大切になっていきます。
そのことを改めて考えさせられました。
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2004年05月07日

日高市ごみ処理全面委託

埼玉県日高市が、1年半ほど前から、生ごみなどの処理を全面的に民間委託しているとかで、その現況を日経新聞がルポしていました。(5/7朝刊首都圏経済面)
それによると、業者への委託に伴い、ごみの分別が簡単になったため、市民の分別収集の意識が下がり、資源ごみまで生ごみと一緒に出すようになってしまった。その結果、ごみ処理量が増えたため委託料が膨れ上がり、補正予算を組む羽目になってしまった。という記事でした。

民間の効率さを生かして行政コストを下げようという発想の方向はそれ自体は良いかも知れませんが、なんとなくアイデアのひねりが浅いように思われます。
例えば、委託処理するごみの重量と委託料が比例するような契約になっているようですが、これでは業者に対して「ごみの量を増やすようなインセンティブ」は働いても「ごみを減らすようなインセンティブ」は働きません。また、ごみ処理の委託料の予算がいくらと明示すれば、「そんなに高いとは大変、ごみを減らさねば」と市民が自発的にごみの減量に取り組んでくれることを期待していたというのも、市民の市政、市の予算に対する関心のレベルを信頼したというより、独りよがりの論理に近いでしょう。

やはり、ここは、制度そのものにごみを減らすインセンティブを組み込んであれば、展開は変わったものになっていたのではないでしょうか?
例えば、委託料は、市の人口ないし世帯数とリンクさせ、事実上定額としたうえで、委託の基準量を決めて、それより処理量が減少した場合は、減少度合いに応じた報奨金を払う。
増加しても、追加費用は払わないとしてしまえば、業者は報奨金の範囲内で、もっとも効率的、効果的なごみ減量PRを自ら実施するはずです。

せっかく画期的な方式にチャレンジしているのですから、もう一息工夫が欲しいところです。
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米市場での新車の不具合調査

4月30日の日経夕刊に、米調査会社JDパワー&アソシエイツによる米市場の新車購入後90日のトラブル件数調査結果が紹介されていました。
記事によれば、今回の調査で特徴的だったのは、国別で日本車は引き続きトップを守ったものの、韓国車の品質改善が著しく、米国、欧州を抜いて2位に上昇したこと。メーカ別では1位はトヨタが連続して獲得、以下ホンダ、現代、BMWの順であったということです。

面白そうなので、原典にあたってみました。私なりに感じたことを下記します。
品質は、各国とも長期的に改善の方向にあり、その差は小さくなっている。(ものづくりにおける品質競争は確実にハイレベルになり、激化している)
メーカ別・ブランド別に見ると、トヨタのLexusが他を圧倒する品質レベルにある。例えばトヨタの田原工場製の品質レベルは、日産、鈴木の3倍(トラブル1/3)のレベルにあり、日本車ということで一括りにできる状況にはない。
韓国の現代自動車は、すでにホンダ、トヨタに迫る品質レベルに近づいており、他の日本車メーカは遅れをとっている。今後の課題は、新型投入時の品質と長期品質の向上とのことである。

もはや日本製の品質に根拠なき自信を持つことはやめ、個別企業の努力が全てを決することを自覚する必要があるようです。
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2004年05月04日

川原で石を売る

バルタンさんがコンサル的思考法の実践道場で「川原で石を売る」ことについて考察していました。

読んでいて、別の観点からの発想がでてきたので、一言。

バルタンさんは、火山の観光名所で、見立てや絵付けによる努力で、そのあたりに転がっている石ころを売るという工夫を紹介されていました。

小生が考えたのは、川原に大きな看板か何かで、「石持ち帰り禁止」と書いてあると、その近所で、「石売ります」とやると、見たても、絵付けも何の工夫もなく売れる可能性があるなということです。
産地、姿、ストーリ性その他全く何の魅力もない石ではどうにもならないのですが、少しでも人が魅力を感じる部分があるとすると、「持ち帰り禁止」とすることで、石が商品に転じてしまいます。

規制の周辺に、本当にお墨付きを得たのかどうか判らない、若干あやしい商売がひっそりと店をひらくような感じです。

例えば、ゴルフ場でロストボールを拾って帰るのは罪悪感を感じますが、店で売ってるロストボールを買うときには罪悪感はありませんよね。あれと同じです。

お客はお金を払うことで、占有離脱物横領罪の罪悪感なく石を持ち帰ることができます。

似たような例に、駅構内で雑誌を拾って再販している露天の本屋さんがあります。人が捨てたものを拾って読むという行為に対する羞恥心を、露天の本屋さん(?)に金を払うことで緩和しています。

お金を払うことの心理学的な意味合いはけっこう深いものがありそうです。

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インプットとアウトプット

ある資格試験の専門学校では、インプット学習、アウトプット学習という言い方で指導指針を示しているところがありますが、インとアウトのバランスに着目したこの考え方は、言いえて妙だなと最近思います。
というのも、ちかごろ自分ではインプットとアウトプットのバランスに苦しんでいるからです。
HPやブログを立ち上げた当初は、大げさに言えばこれまでの人生で長年インプットしてきたものを、吐き出すことで比較的快調にアウトプットすることができました。
自分のアウトプットは、あくまで趣味の世界でのことで、専門家として行っているものではありませんから、料理に例えて言えば、下ごしらえに手間ヒマかけたフランス料理や、まだぴくぴく動くさかなを見事にさばいた活け作りのようなものは出せません。せいぜいが、八百屋や畑の野菜を使った漬物程度のものです。
ただし、単に野菜を切っただけのサラダは避けよう、よそのサラダボールからそのまま持ってくるようなことは避けて、せめて一晩でも漬けてそれなりの味を出そうと心がけています。
スタート当初は、昔から漬物桶の中に入っていた古漬けをかき出して並べていたのですが、だんだんと新しいネタを仕込んで、一夜漬けで提供するような感じになってきています。その程度のことですが、やってみるインとアウトのバランスが結構難しいのです。
具体的には、アウトするためのインが足らなくて、追加インプットを継ぎ足すのに時間がかかり、アウトが間延びするという現象が発生しています。

企業における活動も、インプット→内部熟成→アウトプットを数限りなく繰り返していくわけですが、年齢とともに、インの能力、内部熟成の能力、アウトプットの能力がそれぞれ衰えていくことは避けられません。もちろん個々人によって、あるいは環境によってそれぞれの能力の衰え方に差はあると思いますが、なんとなく イン、熟成、アウトの順でピークを迎えていくような気がします。
企業経営者の若返りというか、企業経営の能力は50代にピークを迎えるという説を唱える向きがありますが、確かにこの3つのバランスをハイレベルを保ちながら活動できるのは(個人差はあっても)やはりそれなりの年代なのかなという気もしています。
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2004年04月27日

サッポロ ドラフトワンの好調

サッポロビールが発売した新製品 ドラフトワンが低価格が受けてか
好調が伝えられています。
このビール風の飲料は、酒税の分類では「その他の雑酒(2)」
に分類されています。
缶に書かれた原材料をみると、ホップ、エンドウ蛋白、カラメル色素
となっています。何じゃこれ!?という感じです。
従来から、発泡酒は酒税が安いので、販売価格を下げられるという
ことを聞いていましたので、酒税を調べてみると次のように、品種に
よって大きな差があることがわかりました。
  
  種類     酒税(お酒1?当り) 酒税(アルコール1k?当り) 
 清酒         140.5円       9,367円
 しょうちゅう     248.1円       9,924円
 ビール         222円      44,400円
 発泡酒(麦芽50%以上) 222円      44,400円
  〃(麦芽25〜50%) 178.1円      35,625円
  〃(その他)     134.2円      26,850円
 その他雑酒       103.7円  8,644円
  ウィスキー       409円      10,225円 
 リキュール       119.1円      9,924円


アルコール単位量当りでは、ビールがダントツに重税です。
また、お酒の単位量あたりでは、ウィスキーが重税をかけられて
います。

件のドラフトワンはその他雑酒にカテゴライズされるようです。
正確な酒税率は不明ですが、ビールに比べるとリッター当り100円
以上は確実に安そうです。

財務省は、以前税率の低い発泡酒が増えて税率の高いビールの消費量が
減ってしまったことから、発泡酒の税率をアップするという嫌がらせ
増税をしましたが、これに対抗して、サッポロビルは古代メソポタミア
以来の5000年以上の伝統を破壊し、麦芽を使わないビールのような
ものを開発したわけです。
また、サントリーは麦風というリキュールを発売しています。
これは、ビールと麦焼酎のカクテルです。これも、酒税はかなり安く
なっています。

財務省は税金を取らねばいけませんから、おそらくこれらのカテゴリが
売れ出すとまた税金を上げてくることでしょう。

ところで、このような財務省とビール会社の戦いで思い出すのは、米国
のビール価格です。
米国では、コーラはナショナルブランドのコカコーラとペプシコーラが
圧倒的に強く、かつ製法も秘密で同じ味は作れません。よって寡占状態
で価格は高止まりしています。
それに対して、ビールはいわば誰でも作れます。従って、地方ごとに
多数のブランドが乱立し、価格競争を繰り広げています。税金も特に高くないということで
なんと、マーケト店頭ではビールの方がコーラより安いという状態が
発生していました。

おじさん族の一人としては、まあ、雑酒でもリキールでもおいしければ
文句はないですが・・・
バリエーションに富んだビールを安く飲めるのにこしたことはあり
ません。



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2004年04月26日

生物の進化と企業の進化

生物の進化論の自然選択になぞらえて「強い企業が生き残るのではなく、
環境の変化に適応した企業が生き残るのだ」というような記事を見かける
ことがあります。
日経新聞に進化論について早稲田大学の池田教授による解説が連載され
ていますが、4月25日には「自然選択は進化の結果作られた形質の性質
と淘汰に関与しているだけだ」「自然選択により形質が選択されたり
淘汰されたりするためには、まず形質が発現されなければならない」
という主旨の解説がでていました。
遺伝子の微細な変化→発生システムの中で吟味→システムに調和する
突然変異のみが発現できる→その上で自然選択にかけられる
という形で、自然選択以前に厳しい「内部選択」があるという訳です。

企業と生物でどれだけアナロジーが成り立つのかわかりませんが、この
「内部選択」というのは、企業の場合で言えば、常に企業の中で発生
している変化の芽が、企業の経営組織の中で、企業の戦略・活動として
採用され外部への働きかけのレベルにいたるかどうかということになる
と思います。

有効な遺伝子は、異種生物間でもかなり類似しており、例えばネズミと
人間では97.5%が一致、チンパンジーと人とでは98.5%が一致という
研究もあるそうです。
企業も、機能的な側面で類似点に注目すれば、極めて類似点が多い
といえると思います。

その類似点が多いなかで、ごく小さな内部の差異が企業組織を通して
発現し、周囲環境による自然選択をへて、企業成果の大きな差異を
生み出しているという感じでしょうか。

この小さな差異とは、例えば「トラブルに対して徹底的に向き合う」か、「その場をしのげればよしとする」かといった、ある意味では
小さな差異が突然変異として、社内に発生していることをさします。

ちょうど有性生殖で遺伝子の交換が行われることが引き金になるように
企業においては、組織や機能は同じでも人が入れ替わることで、経営
組織を通して、企業の行動の変化が発現する可能性があります。
その人の入れ替わりこそが、突然変異の要因だといえるでしょう。

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2004年04月25日

セロトニン欠乏脳

NHK出版の生活人新書の「セロトニン欠乏脳」を読みました。
不安・ネガティブな感情・ストレス反応をもたらす「ノルアドレナリン」
と快感・ポジティブな気持ち・性や食への欲求をもたらす「ドパミン」
については、よく知られていますが、さらに第三の要素として、
この2つを抑制し、舞い上がりすぎもせず、落ち込みももせず、平常心
を保つ作用をするのが「セロトニン」だとのこと。

確かに、2つの要素だけだと、あまりにも単純すぎてとても感情の
動きを生理学的というか化学的には説明しきれないとは思うので、
第3の要素がでてきて、面白いことになってきました。

不思議なことに、このまるで理性を代表するような「セロトニン」
神経は脳の一番奥深い(要するに原始的な)部分から発している
ようです。

生物には、本来冷静でありたいという回路も組み込まれているわけです。

ところで、このセロトニン神経を鍛えるには、1日30分のリズム運動を
百日続けば効果が出始め、3年続けると意識が変わった自分を
発見するとのこと。

このリズム運動は、早朝の座禅や、読経、法華の太鼓などの宗教活動
さらには気功、ラジオ体操、由美かおるの呼吸法などさまざまな
バリエーションで展開しています。

最新の知見が、古き習慣に秘められた力を解き明かしつつあることに
感心しました。
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2004年04月24日

ISO対トヨタ流

ダイムラークライスラーが三菱自動車工業の支援を打ち切ることを
決めたと報道されました。
品質ということの重要さを改めて痛感させられます。

自動車といえばトヨタの生産方式が有名ですが、品質においても
トヨタ流は独特のものがあるとものの本には書かれています。
その本質は、問題を隠さず真正面から本質的な問題解決(=改善)
に取り組む企業風土にあると思います。
生産ラインで不良が発生すると、直ちにラインを止めて行灯
(あんどん)で問題の発生場所を表示し、総がかりで問題解決を図る。
その際、こて先の対症療法ではなく、「なぜ?」を5回繰り返して
問題の本質をあぶりだして対策する。

この積み重ねが、品質基準においても、何ミリの傷何個以下ならOKと
デジタルな標準化がきっちりとできるノウハウへとつながっていき
ます。

最近、ISOに関して、Webで情報を収集していて、西沢隆二さん(西沢
総研)という方が、ISO9000とトヨタ式の実践的品質改善との相違に
ついてい主張されているのを見かけました。

ISO14000、ISO9000といった、国際的な標準(ということは誰でも
やろうと思えばできる)とトヨタ流の実践主義の問題は面白そうな
テーマなので、ホームページのテーマに取り上げていきたいと
思います。
posted by 利アップ at 01:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年04月18日

権利と義務 そして特権

権利と義務についての論議では、大きく2つの立場があると思います。
1.戦後の民主主義・自由主義社会で、権利意識が肥大化し、 
  義務をないがしろにしている。もっと義務(あるいは公共の利益)
  をおもんばかれという立場
2.権利を徹底的に主張しあうことで、落ち着くところへ落ち着いて
  いくのだから、まず自分の権利を徹底主張すべきだという立場
の2つです。
後者は、あからさまにこういう言い方はしませんが、主張の仕方を
見ればこのように言えると思います。
例えば、有名政治家の子供の離婚報道のドタバタは、一方はプラバシー
を徹底的に主張し、一方は報道の自由を徹底的に主張して、裁判の場に
決着が持ち込まれました。
このような、対立のなかから、判例の積み重ねにより、許容できる
範囲を社会的に確立していくというやり方は、英米で発達したやり方
ですが、どうも違和感があります。
私としては、ここに特権という考えが抜け落ちているように思えます。

自動車で道を走ることを例にとってみます。
基本的人権として、移動の自由があります。関所などを勝手に設けて
通行制限をしたり、通行料をとったりすることは、この基本的な移動の
権利を侵すことになります。
移動は、道や鉄道、水路、空路などありますが、基本は道路です。
人は道路を通って移動する基本的権利があることは確かです。従って、
公には、移動の自由を保障するように道路を整備する義務が発生
します。
では、道路を車で通行することは権利でしょうか?多くのエネルギーを
使い、事故の危険を生じ、騒音・振動などの環境負荷も少なくありませ
ん。
私は道路を車で通行することは、権利ではなく特権であると考えます。
特権であれば、その行使にあたっては、応分の負担と制限が当然発生
します。
また、特権を行使する人は、特権の行使の事実をいつでも公表する
説明責任を負っていると思います。

もうひとつ、学校に行くことを例にとってみます
全ての子供は、基本的な教育を受ける権利があり、親は子供に教育
を受けさせる義務があります。親がこの義務を実行するために、公は
義務教育の小中学校を整備します。でも、この公の設備を使い、訓練
された教員に、子供の教育を委託するのは、特権の行使だと思うの
です。

このように、本来特権として扱われる多くのことが、権利と誤解され、
その結果、不毛な権利主張のぶつかり合いが生じているように思えて
なりません。




posted by 利アップ at 00:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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